地域包括支援センタ―沢の 気の向くまま ・ 感じたまま  

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手ごたえを感じる瞬間を味わおう!  2010/02-08(月)
レールが足りない。  2010/02-07(日)
洒落の文化  2010/02-05(金)
ちがって当たり前、ちがうからいい。  2010/02-04(木)
冬の澄んだ空気を感じて・・・  2010/02-02(火)
 「おおた高齢者見守りネットワーク」22年度最後を飾る地域づくりセミナーは、特別セミナーとして、


認知症セミナー認知症の人と歩む町 〜正しい理解と、音楽と、笑顔〜』 を開催します。


 1年間、様々な専門職、専門機関の方々を講師として招き、地域に暮らす人たちに「気づきの提供」を目的として、地域づくりセミナーを毎月開催してきました。

 この「地域づくりセミナー」を通して、SOSみま〜もキーホルダー登録システムが、今年8月に生まれています。きっかけは、セミナー講師として依頼した、近隣にある病院ソーシャルワーカ−たちとの出逢いです。

 現在申請開始から半年、申請者数は850名を超え、来年度からは、六郷・蒲田地域でも、このキーホルダー登録システムを開始致します。

 ひと月、ひと月、講師となる、専門職、専門機関の方々と、「地域に暮らす人たちの安心」につながる、私たちにできることは何かを真剣に考え合ってきました。

 人と人との関係構築の過程は、専門職だろうが、地域住民だろうが何もちがいはない!要は、熱意は必ず相手に伝わるということ!

 そして、この熱意を通して、よりよいものを創りたいというものが、相手に伝わったとき、自分ひとりだけでは想像もできなかった、新たな考えが生み出されていく・・・。

 これが、「ネットワーク」が絵に描いたもちから、手ごたえとして感じることのできるものへ変化していく瞬間なんです!

 ここまで来る過程が大変なんです・・・  

 「いくら動いても手ごたえがない」、「自分ひとりで空回りしているような気がしてしまう」、「やらなければ・・・、という義務感がだんだん芽生えてくるから自分自身が楽しくない」、「自分が楽しくなく、苦しんでやっているから、共に力を出そうという人が見えない」、この負のスパイラルの行く末は、「あきらめ・・・・」 。

 人と協働することが大切だと思うのなら考えるんです!自分は何を大切にこの仕事をしているのか?その思いに共感してくれる人、一緒に力を出してくれる人がいるのか?一人でもいたら、それはすばらしいことです!だって、ひとりではなく、集団になれたんですから!

 次は、自分が大切にしていることを、何で形にしていくのかを考える。(私たちの場合、それが地域づくりセミナーだったんです)

 この形にしていくことの過程で大切なことは、「継続」できることを行っていくこと。たった一回の何かを行うことで、人と人が連携できる魔法の薬などあるわけがない!継続させながら、1回1回の取り組みで、何かを生み出していくことが大切なんです。

 何かを始めたら、必ず検証し、次の展望をいつも考えること。私たちは、セミナーで必ずアンケートを書いてもらっています。初めて参加する人の意見も参考になりますが、毎回参加してくれる方々が増え、その人たちの意見がとても貴重であり、財産となっています。そして、検証は、自分ひとりでするのではなく、必ずメンバーと会議の中で議論します。

 多くの人と一緒に検証することで、次の展望を共有することができる。皆が取り組みの創り手になっていくんですね。

 展望は、すぐ先のことは考えやすいし、議論の中心になりますが、1年先、そしてその先を展望することも重要です。この長期の展望を持つことができる人が多くなれば、なるほど、より取り組みの発展につながっていきます。

 「ネットワークづくり」に手ごたえを持つことができる瞬間を体験していきましょう!体験した=楽になるということではありません。常に、常に大変さは付き物ですが、「ただ大変だけ・・・」ということにはならないはずです。

 だって、自分自身の成長を実感できるんですから、同じ目的でがんばっている多くの仲間という財産ができるんですから!

 認知症セミナーまで、あと、1ヶ月を切りました!日にちが迫れば迫るほど、メンバー一人ひとりが、さまざまな場所で力を発揮していることが手に取るように見えてきます。

 申し込み人数は、今日現在で190名。200名定員なので、申し込み締め切りまであとわずかです。

 2年前の第一回セミナーの前日をふっと思い出しました。「雨が降ったら人が少なくなっちゃう・・・」、「一人も来なかったらどうしよう・・・・」そんなことを考えていたもんです。

 それが、今は、地域に暮らす人たちが友人を誘ってくださり、200名を集めることができる会になってきたんです・・・。人数が集まるだけが全てではありませんが、数は=組織力だと思っています。これだけの人たちが、「ここに来れば、何かを知ることができる、学ぶことができる」と、自分の意思で参加してくれるんです。

 今年度最後のセミナーです。参加者には、来年1年間の年間スケジュールをお渡しすることにしています。23年3月までの年間計画は既にできています。

 来年度も変わらずに、「地域づくりセミナー」を柱に、地域ネットワークづくりを進めていきたいと思います。

 
認知症セミナー『認知症の人と歩む町に』案内チラシは、こちらをクリックしてご覧ください。


来年度の地域づくりセミナー年間スケジュールが決まりました!ご覧になりたい方は、こちらをクリックしてみてください。
 

冬の夕焼けは、刻々と同じ風景を変貌させていきます・・・・。
       ↓
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 先週、ケアマネージャーAさんから連絡が入った・・・。

 彼女が新人のケアマネージャーとして、管理者とともにあいさつに事務所に訪れてくれたことを昨日のように思い出す。

 栄養士からケアマネージャーという新しい世界に入ったAさん。当時、今の医療法人のケアマネージャー管理者だった私に、「いろいろと教えてください!」と、自分をまっすぐ見据える瞳には、これからの決意がしっかり映っていた。

 あれから5年の歳月が流れた・・・。Aケアマネージャーは、今、地域のベテランケアマネージャーとしてがんばっている。3年前、包括支援センターに異動した私も、様々な利用者を一緒に関わってもらっている。

 「沢○さん、Bさんのことは、本当にあれでよかったのでしょうか・・・・?」
ため息混じりに、Aさんからこんな言葉がもれた・・・。 

 80歳Bさん・・・・。

 生まれ育った北海道から上京し、50年以上この町で暮らし続けた・・・。夜の銀座で働き続け、結婚せず今に至っている。

 何年か前から、認知症の症状により身の回りのことが少しづつできなくなっていった・・・。

 しかし気丈なBさんは誰にもSOSの手を挙げず、手をさしのべてもらうことを、「よし」としなかった。

 自宅に閉じこもることが多くなり、何年も風呂に入らず、着の身着のままの生活。食事も買ってくるもので済ませることが多くなったが、昔からの習慣で夜は必ずお酒を飲み、その量は増えていく・・・。

 「自分の思うように身体が動かない」、「今までの記憶が無くなっていく」、「それでも頼る人なんていない・・・」そんな思いや葛藤が、Bさんの表情を険しく、人を寄せつけない形相に変えていった。

 このBさんと私たち専門職をつなげてくれたのは、地域活動をしていたCさん夫婦でした・・・。

 Cさん夫婦は、閉じこもりがちにしていたBさんに声をかけ、地域活動普及のためのチラシ折りを「手伝ってほしい」と、Bさんに声をかけた・・・。

 それからBさんの日課の中に「11時からCさんの事務所でチラシ折り手伝い」というスケジュールが習慣化されていった。

 初めて私がBさんとお会いしたのもCさんの事務所でした。「私が来ないと、このチラシを配る準備ができないから・・・」と、自分に役割があることをうれしそうに私に伝えてくれていた。

 介護保険申請。Bさんの場合、介護保険サービス利用だけでは解決しない多くの問題が考えられる。そのようなことを考慮し、AケアマネージャーにBさんの担当ケアマネージャーを依頼した。

 しかし、認知症の進行は、Bさんを地域から孤立させ、身体までむしばんでいく。あれほどCさん夫婦に感謝して、毎日手伝いに来ていたBさんだったのに、「あの人たちは、私が持っているものをねらっている!信用ならない!」と、パタッと事務所に来なくなった。

 心配するCさんと、Bさん宅に訪れたとき、栄養不良と脱水症状があり救急対応。そのまま入院となりました。

 栄養不良と脱水での入院なので、点滴での栄養補給で体調は回復しましたが、在宅での一人暮らしは困難なため、Aケアマネージャーと相談し施設入所を検討していくことにした。

 しかし認知症によるマンツーマンでの対応が必要と考えられるため、どこの施設も断られる・・・。

 認知症対応型施設(グループホーム)での1日体験入所も行いましたが、その結果グループホームからAケアマネージャーが言われたことは、「Bさんは深い認知症なので、たぶんグループホームではどこも対象とはならないでしょう・・・」という返事。( 施設相談員が判断する「深い認知症」とは、一体どのような症状の認知症を指すというのでしょう???)

 結局、Bさんを受け入れてくれたのは、有料老人ホームの指定を受けていない、地域にある高齢者アパート「○○荘」。ここは社会福祉士のNさんが運営している。(ブログでも何度か紹介しています)

 食事の提供はしているが、介護の必要な方はケアマネージャーの計画により介護保険サービスで対応する。

 Aケアマネージャー、Nさんという、専門職がBさんの新たな生活をしっかり支えた。

 「何でBさんをグループホームで受け入れてくれないの?うちよりまちがいなく職員の人数も、職員の経験もあるはずなのに・・・。それに何の問題もないよ!昨日お風呂も入ってくれたけど、病院では湯船に入ってなかったのかしらね?生きた心地がするってほんとに喜んでくれてたのよ」と、Nさんは笑顔で語る。

 何件も、何件も、Bさんが入所できる施設を探し、Nさんが運営する、この○○荘にたどり着くことができたAさんは安堵の表情を見せていた・・・。

 あれから約2年。人との関わりを一切拒絶し、険しい表情を崩さなかったBさんは、施設の中で友人もでき、日々、笑顔絶やさず暮らしている。

 Bさんに、以前から申請をしていた特別養護老人ホームから、「受け入れ可能」との連絡が入った。生活保護受給者であるBさん。今後のことを考えると、次にいつ声がかかるかわからない特別養護老人ホームからの受け入れは、断る理由がない。ある意味最善の選択です。

 「でも・・・・」と、Aケアマネージャーは言う。

 認知症の進行がありながらも、Nさん、友人たちと、楽しく「今」を、○○荘で生活しているBさん。しかし、環境の変化、今の人間関係からの離別、そして、多くの入居者がいる中での集団生活は、Bさんの認知症の進行を早めてしまう結果にしかならない。

 Bさんの特別養護老人ホームへの入所日が近づいています・・・。

 認知症になっても、一人で暮らすことがどんなに困難になっても、我が人生の選択肢は、一つではない、一つであってはならない。

 誰しも、人生の中で出逢った多くの人たちによって、人生は変わっていく。Bさんは、Aケアマネージャー、Nさん、○○荘で暮らす友人たちに出逢ったことにより、認知症の進行がありながらも自分らしさを取り戻していった。

 多くの友人に囲まれ、○○荘が、自分を理解してくれる人たちがいる住み慣れた家。しかし、自分の意思のないところで、特別養護老人ホーム入所というレールができあがっている。

 Nさんも○○荘にいることを勧める。Aケアマネージャーも、これでいいとは思っていない。だが、今後、認知症の症状が進行していくBさん。家族、親族に援助を求めることができないBさんの今後を考えると、寝たきりになっても入居が可能な、特別養護老人ホームへの入所が、現行制度の中では最善の選択なのです。

 一本のまっすぐなレールしか選択肢を提供できない。選択肢がない・・・・。わが国は、今後、高齢者は増加の一途をたどり、Bさんのように、頼る家族や親族がいない人たちが増加していく。

 一人暮らしで介護が必要になったとき、自らが生き方を選択できるために、必要とされる専門職でありたいと思うとともに、国の制度設計も、今の現状をそろそろきちんと見据えたものにしなければ、間に合わなくなる・・・。そんな気がしてなりません・・・。

 どこまでも脇道がない、まっすぐなレール一本では、長寿大国と、我が国を本当の意味で誇ることができませんね。
 

 

厳しい寒さが続く毎日ですが、木々は、ゆっくりゆっくり春の準備を始めています。
           ↓ 
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 包括主任ケアマネージャー I さんが、節分の豆(福豆)が入っている升を買ってきてくれました。季節の折々、その時期を感じるものを持ってきてくれる I さんです・・・ 

 この升に、商売繁盛を祈願した言葉が書かれていました。

 「春夏冬二升五合」

 これ、じつは、「春夏冬」で「秋」がない。「二升」は一升マスが2つと、「五合」は半升。ということで「あきない、ますます、はんじょう」。つまり「商い、益々繁盛」と読むのだそうです。

 判じ物、というそうですが、もともとなぞなぞの一種で、絵や文字などに、ある意味を隠しておいて、それを人に判断させるもの。この言葉の意味を調べていたら、同じような言葉でこのようなものを見つけた。

 「一斗二升五合」

一斗は五升の倍。二升は升(ます)が二つ。五合は一升の半分。つまり、「ご商売ますます繁盛」となります。

 ほかにも、江戸の頃から、「櫛屋」さんのことを「十三屋」というようになりました。これは、「くし→九四→九+四→十三」ということで、「九=苦」と「四=死」の連想を避けるための命名だったそうです。「質屋」を「一六銀行」というのも「7→1+6」からきています。このようのものも、判じ物の一つなのでしょう。

 日本人の文化が育てた「洒落」という文化。そして洒落を、生活の中に根づかせてきた。これこそ、庶民が生みだしてきた生活に根ざした文化なのでしょう・・・。

 「言」には「事」と同じ意味があるそうです。「葉」は、たくさんの意味で豊かさを表す。日々の生活(事柄)の中で、豊かさや「洒落」という楽しみを育んできた日本の文化の土壌・・・・。豊かさを、目に見えるものだけに求めるのではなく、「目に見えない心の豊かさこそに価値がある!」という、日本という国の文化の育みに誇りさえ感じます。

 そして、生活者に向き合う仕事をしている自分自身に、「文化」が一人ひとりの暮らしに豊かさを与えるものという認識。心の豊かさという視点にたって、専門職として対象者に向き合うことのできる自分でいたいと、改めて肝に銘じておきたい。


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 一人ひとりちがうのが当たり前!価値観も違えば意見もちがう。

 仕事ひとつとってもそう・・・。覚えるのが早い人、遅い人。責任感を持ちバリバリとこなす人、じっくりこつこつやり遂げていく人。

 ちがって当たり前。ちがうからいい・・・。

 そう考える雰囲気が組織になければ、例えば、仕事をバリバリとこなす人は、じっくりこつこつやり遂げていく人を「仕事が遅い!」と感じるだろうし、コツコツやる人は、バリバリ仕事を進めていく人を、「抜け落ちることがありそうで心配・・・」と思うでしょう。

 それがエスカレートしていくと、どちらかが、「自分とは相容れない人」、「話しもしたくなくなる」という感情が芽生え、この感情は、そう思われている人も、当然感じないわけがない。最終的には関係の悪化が進んでいってしまう・・・。

 「どうしてこんなこともできないのか!」、「何でこんな考えしかできないんだ!」という感情を他者に向けてしまう自分がいた時、大切なことは相手にとって、自分はどう見えているのか?見られているのか?相手の立場に立って、考えてみること。

 同じ職場、同じ目的で関わっている者同士。どちらかがまったくやる気がなく、手抜きをしているならまだしも、やり方は違えども、お互いが努力しているのであれば、まずは努力していること、そのことで認め合う姿勢が大切です。

 「自分のことを理解してくれない」、「よく思っていない」というものを感じながら、そう思っている人に、本心など出せるはずがない。「自分の良さを見てもらいたい!」などと思う感情が芽生えるはずがない。

 他者をよく思えない自分がいるとき、「その人のせい」と考えるのではなく、その人に向き合っている自分自身の問題が大きいということ。そう考えて、まず、まちがいない。そういう思考で考えていった方がいいと、つくづく最近感じています・・・。

 簡単に書いてますが、難しいことです・・・。

 忍耐も必要、自分自身の心の広さも必要、心のゆとりも必要。でも・・・・、と思う。そう考えていく方が、結局は自分にとってのプラスにもなっていく、自分の成長にもつながる。

 どんな人だって、「よくしたい、もっとこうなりたい!」というものを持って、同じ「今」を生きているんです。自分以外の他者の、「こうしたい、こうなりたい!」に共感する自分。

 そこの思いに一致点を見出し、つながりあっていこうという自分があれば、どんな人とも結びあえる。このような自分でいる方がいい。

 喜びや楽しさ。ときにはつらさや悲しみ。一人で味わうよりも、一人でも仲間がいてくれる方がいい・・・。

 人との関係は、一方通行などあり得ない。相手のことを悪く思うような自分がいたなら、それは当然、相手も同じように自分を思っている。相手を素敵だと思う自分がいれば、相手も同じように思っている。

 そうであるなら、共通の目的に向かって何かを行っている時、行おうとするとき、やり方や考え方に重きを置いてその人を見るのではなく、「やろう!」という一人ひとりの思い、そこに共感する自分がいればいいんです。

 こう考えることができれば、自分自身のつなぎ合う人の範囲が、グンッ!と、広がっていくのだと思います。

 難しいです・・・。このような発想に断ち切れているのかと自分に問えば、反省しなければいけないことが多くあります。ですが、今一度、このような思考を、「自分自身に持ちたい」と思う自分がここにいます。そう思える自分がいるのなら、あとは実行に移すのみ。多くの人と、つなぎ合うことのできる自分になるための努力を、心におきたいと思います。

 

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 狭い事務所で一日中働いていると、身体が固まってしまうのか?あらゆる部位が痛み出す。血の巡りが悪くなっているのを感じる・・・。

 そんなときは、事務所の扉を開けて外に出てみる・・・。外の空気、日光に当たるだけで、気分が変わり、痛みも治まっていくように感じる。とくに、今の季節の冷たく、澄んだ空気は、自分の背筋を伸ばし、しゃんとさせるのに充分です!

 これに、通りすがりのセミナー参加者や、レストランに参加している人、民生委員さんなどに声をかけられると、四方山話に花が咲き、元気がわいてきちゃうんですよね(笑)  


 狭い場所にずっといると息詰まる。そこが、自分の知る世界全てに見えてしまう・・・。でも、一歩外に出てみると、いろんな人たちが、一生懸命生きている息吹を感じることができる。

 自分の殻を突き破り、ちがう視野から物事を考えることってとても大切なこと。だからこそ、自分の視野をあらゆる角度から見えるようにいつも心がけていたい。

 道はひとつだけじゃぁない!また、同じ道を歩んでいたとしても、見方によって感じ方が変わってくる。このことをいつも肝に銘じておきたい・・・。

 狭い窮屈な場に自分をおいて、気心知れた人たちの中で、「これでいい、これが正解!」なんて、歩みを止めてしまう生き方は、自分の性に合わない。

 「これでいい」と、歩みを止めたら、その先を見ることは決してない。あらゆるものが刻々と変化していく中で、「これがすべて!」なんてことがあるわけがない。

 狭いところにいるから変化が見えない、感じられない。今、このときに大切な正味のものに無頓着になる。立ち止まらず、広い視野を持った人たちと、もっともっと出逢いたい。

 出逢いは、自分の人生の学びです。

 物事を敏感に感じ、正味のものを感じることができる広い視野と、柔軟な心を持ち合わせたい!自分が大切だと感じるものに、熱意と、思いを込めて働きかけたい。

 今の自分では足りない。もっともっと、自分を高めなければ!そんな必要性を自分に求められる人生って、すばらしいと思いませんか?

 冬の澄んだ空気を身体に吸い込んだら、ふっと、そんな思いが頭をよぎりました・・・。
  


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