地域包括支援センタ―沢の 気の向くまま ・ 感じたまま  

― むずかしいことをやさしく   やさしいことをふかく   ふかいことをおもしろく −

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 私が入学した県立高校は、川崎では歴史のある高校で、60年代・70年代には、東京大学などに何人も卒業生を送り出した名門校だったらしい・・・。

 60年の安保闘争時代には、当時の大学の学園紛争の影響で、自主自立、そして自由というものについて、生徒たちが教師たちと真剣に議論を交わし、学校のあり方を形作っていった。

 当時は、中間・期末試験などがなく、通信簿は話し合いで決められる。そのようになっても、国立、私立を問わず、有名大学に入学する生徒が大多数だったという。生徒会はなくなり、運動会や文化祭などは、生徒たちが自主的にやろうという声が上がらなければ行われない。

 修学旅行は当時では珍しく、場所から日程、期間などすべて生徒が決めていた。決められた制服もなかったが、私服を毎日考えることを手間と感じている生徒は、思い思いの制服を着用してきていた。ある意味「私服」だったのかもしれない。

 時が流れて80年代。この高校の門を私はくぐった。60,70年代のような、進学校ではなくなっていたが、当時から受け継がれてきた歴史は、多少なりとも残っていた。

 入学して最初の日。教室で先生を待っていると、先生より先に現れたのは先輩たち。この学校の歴史について、自分たちで作った資料をもとに説明してくれた。

 「この学校は一人ひとりの自由を尊重する。だからこそ、本当の自由を履き違えないでほしい!」

 リーゼント、髪の毛を染めている、学ランには刺繍・・・・、そんな先輩たちが熱く新入生に語りかける。制服がないので、当然決められた上履きもない。土足の生徒も正直いた。でも一方で、土足なのだからキチンと掃除をしようと呼びかける生徒もいた。

 私はこんな母校が大好きになった。そして誇りにも感じていた。

 そして1年生の秋、先輩たちとある計画を実行した。それは、自分たちが暮らすこの川崎に、子どもたちがいつでも舞台芸術に触れることができる、「ホール付き児童会館建設」の署名を行おうというもの。

 当時の川崎市には、演劇を鑑賞できる会館が少なく、とくに児童も鑑賞できるような会館となると皆無でした。

 そのような中、地域で暮らす母親たちが中心となり、ホール付き児童会館建設要望の機運が高まっていて、私たちの高校でも、「何か出来るのでは?」と、活動を始めたのでした。

 ちなみに、私、自分で言うのも変ですが、優等生ではありませんでした。このようなことを普通にやってみようと感じることができる学校の空気が、私を揺り動かしたのかもしれません。

 みんなで話し合い、署名実行は昼休み。場所は、みんなが一番集まる学生食堂前。生徒全員に知らせるチラシも、みんなで考えて作成。顔と手をまっ黒にして刷り上げました!

 それぞれが自分のクラスで、この署名の意義について説明。勇気が要りましたが、「自分たちもそうだけど、自分たちに続く子どもたちに、ホンモノの舞台芸術を観せることって大事だよね!後輩たちがいいものを観て、まっすぐに育ってこの学校に入ってくれれば、俺らだってうれしいじゃん!!」

 緊張して、足はガクガク、声は震える中で、こんな風に呼びかけた微かな記憶が残っています。

 そして、「沢ちゃんこんなことやってるんだぁ」、「見直したよ」、「なんか手伝うことがあったら俺やるよ!」・・・。クラスのみんなが呼応してくれる。

 署名当日、日夜暴走族のリーダーとして励んでいたAくんが、族の知り合いとともに隊列を組んで、署名会場となった学生食堂にやってきた。署名をしてくれたばかりか、署名協力の呼びかけや、チラシ配りを族仲間とともに行ってくれた時は感動しました・・・びっくり

 それからまもなく、Aくんは学校を中退。その後の消息はわかりません・・・。この署名活動は生徒総数、確か1200名の学校で、1000名分の署名が集まりました。

 ホール付き児童会館は、その後紆余曲折がありましたが、私が20歳の時に、麻生区で建設されました。

 児童演劇の仕事を始めてから、この会館で何回か公演を行いましたが、高校時代の署名活動を思いだすと感慨深いものでした。

 「どんなことでも、真剣に向き合っていけば、必ずそこに仲間が集まり、実現させることができるはず!」

 これは、高校時代のさまざまな経験で培われた自分自身の信念です。あれから25年、この信念だけは揺るがずに生きてこれました。ここまできたんですから、これからもたぶん・・・、いえ、きっと揺らぐことはないでしょう。



高校の全生徒に配布した署名協力のチラシはこちらをクリックしてご覧下さい。22年前のガリ版刷りですよ(笑)



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 先日、「おおた見守りネットワーク」に協力して下さっているHさんのご結婚を祝う会に出席してきました。150名を超える参加者の中で、一際栄える黄色いベスト!

 まだ何の素地もない会に発足当初から協力してくれたダイシン百貨店の方々がいます。

 会発足当時からこの会の発展を確信し、自分の進退も顧みず、熱く熱くこの沢をサポートしてくれた行政高齢支援担当N係長がいます。

 そして、発足からまもなく2年。会の発展とともに広がった仲間たち十数名・・・。

 さすが地域活動を長年行ってきたHさんの結婚式。地域で様々な活動をしている人たちが一堂に集まっていました。

 「沢さん久しぶり!あんたの事務所の側に、手頃な貸店舗ないかなぁ〜」

 自治会長のAさん。自分たちの地域が高齢化する中で、住民同士が経営するサロンを考えているようです。

 「ほかの地域で、入新井の包括さんを絶賛しているケアマネージャーさんがいて、働いているわけでもないのに自分がうれしくなっちゃいましたよぉ〜!いつもありがとうございます。」

 民生委員のお母さんとともに、地域活動を積極的に行い、昨年ケアマネージャー資格を取得したBさんからこんな話しをいただきました。

 「おおた高齢者見守りネットワーク」の活動に、今年になって関わり始めた訪問マッサージ事業所のDさんは、お酒が多少回っているのか、多少赤くなった顔で近づいてきました・・・。

 「この会に関わるようになってからの方が、自分の専門性を考えるようになりました・・・。」ほろ酔いながらも、私に語りかけてくるのはみま〜ものこと、自分の専門について。さすがDちゃん!

 考えてみれば、この黄色いベストの仲間たち。2年前までは何のつながりもない人たちだったんですよね・・・。

 本来何もないところに、新しい歴史が刻まれていく・・・。

 自分の専門分野、自分の事業所、自分の担当者・・・・、本来自分が所属する、自分が携わっている領域で業務を行っていた一人ひとりが、業務外で、専門や所属を越えて手を結び合い、生まれた地域活動。

 何もないところにわざわざ創り出さざるを得なかったエネルギーは、「自分たちだけでは、住み慣れた地域で暮らしたい!という高齢者の当然の想いを実現させることはできない・・・・」という、地域で働く高齢者に携わる仕事をしていた一人ひとりの想いでした。

 想いの実現のために、本来すれ違うだけの専門職たちが、一人、また一人と、連携・協働のためにつながりあった・・・。

 「何もない、誰も創らないのであれば自分たちの手で創ればいい・・・。自分たちで新しい歴史を刻もう!」

 この一念が2年という時間の流れをずらさずに歩み、新たな歴史が刻まれた。

 地域づくりセミナー、SOSキーホルダー登録システムの普及、みま〜もレストラン・・・・。無いものを生み出すエネルギーは相当なもの・・・。

 これを、当然のように実現させてきた会の人たちに改めて敬意を表したい。

 Hさんのお祝い会というめでたい席をお借りして、仲間たちとともに2年間、この地域に刻んできた歴史に、思いを馳せていました・・・。 


Hさん、おめでとうございまぁ〜〜〜す!!
        ↓
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 今年も、あと2ヶ月を残すだけとなりました・・・。

 年越しを迎えるときに、「あ〜今年も実り多き一年だったなぁ〜」と、オヤジ臭くお茶でもすすりながら、一年を振り返れるようにラストスパート!力と想いを、さらに注ぎ込む日々を送りたいと思っています。

 自分を奮い立たせるような前文を書いていますが、この11月は、自分にとって一年の正念場。

 11月13日には、地域外の自治会からの依頼で、地域住民を対象とした勉強会に出席します。頂いたテーマは、 「自分たちで地域に住まう高齢者をどのように見守り、支えあっていくか・・・」 そこに暮らす皆さんで考え合っていくための材料として、自分たちが暮らす地域の高齢化の現状について話してきたいと思っています。

 11月21日(土)は、早稲田大学で行われる、東京都社会福祉士会共通基盤研修のシンポジウムに、シンポジストとして参加します。
 テーマは「行動する社会福祉士〜今だからこそできること、めざすもの〜」
 当日のレジュメ集にするための資料はすでに作成し、社会福祉士会へ郵送しました。規模の大きな研修で、プレッシャーもありますが、各地でさまざまに行動している社会福祉士の仲間たちと、交流できることを楽しみの一つとして参加したいと思います。

 そして、来月12月7日には、渋谷区の包括勉強会にもお呼びがかかりました。渋谷区には、昨年も、「おおた高齢者見守りネットワーク」について話しをしていまして、今回が二度目となります。 
 今回は、取り組みについてというよりも、なぜ、このような会を発足させようと思ったのか・・・。私を会の発足まで揺り動かした想いを話してほしい!という、なかなか難しい注文をもらってしまいました ><

 今、どの地域でも、包括支援センターの職員たちが、ネットワーク構築に向けて奮闘しています。しかし、大切なことだと理解はしていても、そこから何を始めていけばいいのか???その部分で、発足当時のことを聞きたいということでした。
 包括職員が、具体的に踏み出すための一歩を、一緒に考えあえる交流の場にしたいという趣旨に沿って、どのような勉強会にしていくかを考えていかなければなりません。来週、渋谷区の行政担当職員が打ち合わせに来るそうです。

 そしてもう一つ、これは包括職員として・・・というよりも、当病院在宅部門責任者としての関わりです。
 今年第10回めを迎える、当病院「医療連携懇話会」を11月18日(水)に開催します。地域の病院、クリニック、医院の医師、看護師、ソーシャルワーカー、医療連携担当者をお迎えして、地域医療を支え合う者同士、懇親を深めることを目的としています。10回目の今年は、医療関係だけでなく、介護施設にも広く呼びかけ、医療・介護関係者が、顔の見える連携のきっかけになればと考えています。
 現在申し込みは130名。当病院関係者を含めると、200名規模の懇親会となりそうです。こちらも来週には会場との打ち合わせ、病院関係者での打ち合わせなど、忙しくなりそうです・・・・。

 ざっと、今後の私の予定を書き込んでしまいましたが、一つひとつ、別なこととして取り組もうする自分がいたら、とてもじゃぁありませんが、お手上げです アップロードファイル

 でも、今回書き込んだ予定だけを見ても、全部自分の中では、ひとつながりのものなんです。

 地域に暮らす人たちへの、地域で働く専門職としての発信。

 同じ地域で働いている様々な専門職、専門機関の人たちへの、垣根を越えた連携・協力の呼びかけ。

 各地域で同じ包括職員、社会福祉士として働く仲間たちとの交流を通して、高まり合いを創ること。


 この視点に立っていれば、「一つ終わって、また別のこと・・・。」ではなく、それぞれの取り組みを通して、ちがうもう一つのことに、力を出してくれる多くの人が生まれるはず。

 そして、この一つひとつの取り組みを通して、参加している人たちと共感を持って新たな行動に向かうことができたなら、何より自分自身が、今までとはちがう新たな発見ができることでしょう。

 来年、そして、来年度に向けての準備も、そろそろ考えなければなりません。今、この正念場の時期を、大事に歩むこと。このことが、来年、そして、来年度の自分自身の視点と歩む姿勢に、必ず影響を与えることになると思っています。

 誠実に、目の前にあることを着実に一歩一歩・・・・。言い聞かせながら、正念場を歩んで行きます。

 

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 今日、ある方を通じて九州の商店街組合の方とお会いした。商店街を発信として、子どもたちからお年寄りまで、幅広くコミュニティーの場を創りたい・・・! そのことで意見を聴きたいという想いを抱き、遙々1泊2日の強行軍で4名が大森にいらっしゃいました。

 代表のNさんと私、大森駅でお迎えして、ネットワークについて語り合いました。

 最近は、商店街の方、自治会・町会、行政職員、高齢者見守り・緊急通報等事業を行っている企業等、様々な分野の方々からこのような話しを受けることが多くなりました。

 急速に高齢化が進み、地域のつながりが希薄になっている都市部の中で、行政機関が、縦割りのトップダウンで発信していくような組織形態では対応しきれないところまで来ている。

 今までのように制度の中で解決できない、新しい解決すべき地域課題が生まれている。言い換えれば、地域の中で、新しい価値観による組織論、協働・連携の仕組みを生み出す必要があるということ。

 このような新しい価値観、組織論を生み出すときには、同じ課題に対して関心を持った、違う立場の人たちが集まる、議論し合うこと。集まる、議論し合う機会を創ることが大切だと思っています。

 その意味で、今日のような場は、私たちにとっても、商店街の皆さんが、今の地域の状況をどのように考え、また、何をしていこうと考えているのかを直接聴くことができる貴重な場です。

 私がこのような場で話すときに心がけているのは、対面する方の領域や分野で話すこと。対面する方たちがこの新しい課題に向き合おうと思ったきっかけが必ずある。そこを通らないと、話し合いの議題に乗せないと、ただの意見交換で終わってしまう。

 「がんばってるんですね、すごいですね」で終了。

 相手の求めている本質に立って、今、何を求められているのかをくみ取り、相手の領域で話を進めていく・・・。

 必要とする方に応じて、その場にふさわしい話しがある。それをつかんで始めて一歩踏み込んだ「協働・連携」という立場に立った話しが深まっていくんですよね。

 新しい地域課題に取り組んでいくためには、あらゆる価値観、組織形態の人たちが手を結び合う必要がどうしたってあるんです。そのためには、自分自身の中に、相手の立場を理解する、ちがう価値観との協働を探る、自分自身の柔軟性と視野の広さが必要となります。

 今、目の前で話している人の心をつかむ努力を惜しまない。そういう自分がいれば、必ず相手から手をつなぎ合いたいとシェークハンドを求めてくる アップロードファイル

 考えれば、どんな人とも結び合うことのできる自分になるための経験を、「おおた高齢者見守りネットワーク」を通してたくさんさせてもらいました う〜ん しかし、この貴重な、苦しい(?)経験が、今の発想を持つ自分に成長させてくれたとも思っています。

 「経験は買ってでもしろ!」

 だれの言葉か、これで合ってるのかも忘れましたが、今、身に染みて感じています・・・。


P.S. 「苦労は買ってでもしろ!」だったみたいです 土下座
 
 
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 先日、包括支援センターの扉を開けてご夫婦が入ってきた。うちの職員が窓口で対応・・・。

 土曜日午前中の、いつもの相談風景・・・・。

 しかし、10分後、ご主人の方がいきなり怒鳴りだした・・・。「わかった!こんなことならわざわざここに来ることなどなかった!こいつには受けさせない。」、「もういい、帰るぞ!」と、一緒にいた奥さんを引っぱって帰りそうな気配・・・。

 途中から顔を出してどうできるわけでもない・・・・と思いながらも、ご主人の吐き捨てるような怒号、ボー然とたちつくしてしまう職員たちを見ていて、そこに向かわないこともできず、立ち入らせてもらった。

 特定高齢者を対象とした運動プログラムが、近隣の区立デイサービスで翌週にあり、最近閉じこもりがちになってきた奥さんを参加させたく、二人で何とか事務所にやってきた。

 翌週のことなので、対応したうちの包括職員が、デイサービスに受け入れの有無について確認の連絡をした。

 すると、担当職員が休みのため、受け入れの有無について判断できないとのこと。それを本人たちに伝えたところ、ご主人が怒り出したという経緯。

 申し込みがギリギリ。土曜日に来ても対応できないこともある。たしかにそうかもしれません。ですが、包括支援センターも、プログラムを開催するデイサービスも空いているにもかかわらず、

 「担当者が休みだからわからない。申し込みできない。来週からは開催することになっているから、結果あなたは利用できません。」

 これでは妻に必要だと思っている運動プログラムを利用することもできない。対応している各職員の対応の誠意も感じられない。

 プログラムへ参加することに否定的な妻をやっと説得し、ここに訪れたご主人がむなしさをぶつけてくるのはある意味当たり前のような気がします。

 まずは、もう一度うちの職員にデイサービスへ連絡させた。「担当者がいないからわからないでは、窓口に来ている相談者に話しができない!」という一言も付け加えて・・・。

 すると、「担当者がいないが受け入れます」との返事。プログラムに参加できることをご主人に伝えると、ほっとした様子で椅子に座り込み、改めて妻の状況を話してくれた。

 転倒による骨折をきっかけに外出することが少なくなり、このまま気力も体力も弱っていくことを何より心配しての申し込みだった。

 ご主人が声を荒げたのは、申し込みができないことではなく、一人の担当者が休みというだけで、利用ができないということを、何も感じず自分たちに告げる、専門職の誠意の無さだったんです。

 そこにご主人が声を荒げるまで気づくことができず、声を荒げられると今度は自分の殻に入り込んでしまい、どうにもこうにも動けなくなる。

 ここまでだったらまだ理解できるし、気づくことができたのだから今回のことを経験して学ぶことができたのだからそれでいい。

 しかし、このような場合で、声を荒げたその人たちを「クレーマー(クレームをよく言う人)」と、片付ける。専門職である自分たちのことは棚に上げて、相手に責任を転嫁して自分の対応のまずさを決して振り返ることができない専門職。

 このような専門職のお方の対応に出くわしたことがある方も多いと思います。私は、このような人の対応に出くわしたときは、同じ専門職として、はっきり言わせてもらいます。

 相談者に相談に来た方は言えないもの。言わなければこのような専門職は生涯気がつきません。

 だからこそ、同じ専門職としてはっきり言ってあげることも必要です。遠回しに言っても伝わらない。このときにも大切なのが、はっきり誠意を持って伝えること。それに気がつくことができたら、その後はそれこそ一緒に考え合うことのできる専門職同士、今までとはちがう出逢い直しが可能になる。 

 誠意といっても難しいことではないんです。

 今回のことで言えば、デイサービスとしては、担当者がいなければわかるように伝えておけばいい。担当者がいなければわからないということに対して、「それではわざわざ来所してきた人たちに伝えられない。困る」と、はっきり再度聞く、うちの職員がいればいい。それだけ。

 何があろうと毅然とし、誠心誠意相手に向き合う・・・。そういう姿勢は必ず相手に伝わります。誠意を持って向き合えば、その誠意は必ず相手には伝わるんです。

 帰り際ご主人は、声を荒げたことを申し訳なさそうに頭を下げました。「運動プログラムが終了したら、ぜひ二人で報告に来てください」そんな声をかけて、対応した職員と見送りました。

 毅然と、誠意を持って・・・。これがあって、初めて相手の気持ちにすーっと入っていくことができる。

 介護の問題は直面している本人、家族にどっしりと重い負担を、身体的にも精神的にも否応なしにかけてくる。

 私たちはその人たちと向き合う専門職です。どんなとき、どんな場面でも、まずは毅然と、誠意を持ち合わすことができるという、最低限の質だけは保ちたいと思います。 


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