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さわ

Author:さわ
平成25年1月末、
『 地域包括ケアに欠かせない多彩な資源が織りなす地域ネットワークづくり
~ 高齢者見守りネットワーク みま~ものキセキ! ~ 』出版決定! 

今から取り組めばまだまだ間に合う!
無縁社会、孤立死、地域崩壊・・・に立ち向かうための処方せん。
超高齢社会を乗り切るための「地域におけるネットワーク」づくりのヒントをすべて教えます!
みま~もの5年間の軌跡(奇跡)を余す所なく紹介しています!
地域包括支援センター職員はじめ、保健・医療・福祉関係者、地域づくりに関わるすべての方へ必携です!

こちらから申込書をダウンロードし、ライフ出版へFAXしてください。

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ラジオ収録

 認知症セミナーの取り組みを通して、介護家族会の会長と知り合うことができた。

 8年間、親の介護を行い、それがきっかけで介護家族会を継続している。

 この方は、私がまだ小学校の時代にアニメソングを歌っていた経験もあり、(有名な野球漫画、当時子どもだった方は、だれでも歌えるアニメソングです)話しをしていて楽しく引き込まれてしまう。

 この会長は岩手、大分、沖縄、長野等で流れている介護についてのラジオ番組のパーソナリティーもやっている(朝6時からの15分番組)。
 
今日、この番組で「認知症サポーター養成講座を地域で取り組んでいる話しなどをしてほしい」と事務所にやってきた。

 15分番組、4回分の収録を一気に行った。認知症サポーターの話しだけだと思っていたが、会長の語りがどんどん軽快になってきて、介護に携わる専門職の賃金も含めた待遇について、私たちがこの介護の世界に入った動機など、質問が機関銃のように浴びせられた 顔

 収録が終わり、逆に会長がどうしてこの活動を行っているのか聞いてみた。

 「親が認知症になり、40歳から50歳という自分の人生にとって大切な時期を介護に充ててきた。この時期に一生懸命やってきたことを今に活かさなかったらもったいない ! 」

 さらりとこのせりふを言う会長に会えて嬉しくなった。

 認知症サポーター養成講座について、「小学校の子どもたちにもぜひ、授業の一環として受けさせたい !」と、会長の知人の教育委員会の方のところへ一緒に行くことになった。
 
 この方には、いつも引っ張られることが多いが、今日は、この会長にまた引っ張られることを快く感じている。

 「人それぞれに様々な人生がある。その方の人生を知り、だからこのことを大事に生きている」ということを知ることは、ともに何かをするときに共感となって動き出すエネルギーになるんだなと、ふっと感じました。


箱根仙石原で毎年11月頃に行われる「山焼き」。山一面のススキが10分ほどで焼かれていく。
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炎の煙の中にたたずむ、地域の消防団の方
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

大事なことは、時代がどんなに変わろうと変わらない!

 時代がどんどん変わっていく。パソコン一つで顔の見えない人とも世界中でコミュニケーション可能となり、あらゆる情報が手軽に手に入れることができる。

 携帯電話の普及は言葉を用いず、メールという媒体でのコミュニケーションが可能となり、いつどこにいても、連絡が取り合える。

 一見便利になっているようだが、一方で顔を見て話し合うことはできないが、メールでは、見知らぬ相手とでも、どんなことでも伝えられる人たちが増え、それが時には殺害の依頼や、見ず知らずの人との集団自殺につながることは、ニュースで見聞きしていることでしょう。

 あらゆる情報の氾濫は、情報を選択することが未成熟な子どもたちに、本来の成長過程で取得するはずの情報以上の情報を浴びせている。

 時代がどんどん変化し、人間の自然な関係や人生過程が崩されているように感じる・・・。

 ただ、どんなに技術が発達し、時代の変化が著しくとも、人と人との関係の築きは、変わらないと信じている。

 「この人といるとなぜか元気になる」「家族関係のことを他人に話したくないが、この人にだったら話したい」「この人のようになりたい!」

 人は人との関係の中で、影響され、励まされ、生きていることのすばらしさを実感できるのではないでしょうか?

 機械という媒体を通しての関係ではなく、会って話す。

 時には、「ポンッ」と肩を叩いて笑ったり、眉間にしわを寄せて考え合ったり、私たちの相談業務は、自分の顔を、表情を(大した作りの顔ではないが・・・)見てもらいながら、真剣に向き合い話し合いたいと感じている。


見事な紅葉があちらこちらで目にする機会が増えてますね。
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

同胞-はらから-

 

同胞(はらから)という映画を知っている方がどれぐらいいるでしょうか?「男はつらいよ」寅さんの映画で有名な山田洋次監督が作り、1975年に公開しました。

 農村青年たちと、都会の演劇青年たちが、多くの困難や障害を克服し、青春の夢の一つ「演劇公演」を現実のものにした岩手県松尾村で実際に起こった感動の物語です。

  ここに登場してくる劇団「統一劇場」は実在する劇団で、つねに時代と向きあった創作劇の上演を目指し活動。

 1990年に劇団名を「現代座」と改称し、阪神淡路大震災の時には、被災された方々の復興を願い創られた「絆をつくる町」で全国縦断公演を行っています。

  この映画で、統一劇場の劇団員で公演の成功を松尾村の青年会のみなさんと共につくりあげる役を倍賞千恵子さん、

 青年会会長役を寺尾聡さんが演じています。統一劇場の劇団員、松尾村青年会で出演しているみなさんは、実際に松尾村で公演を行った時のメンバーです。

  高度経済成長の農村で生きている青年たち・・・。

 「自分たちが生まれ育った街で、青年会が主催し演劇をやろう!」と突然やってきた。演劇の題名は「ふるさと」。劇団員の熱意に圧され、演劇を観たこともない青年たちが言われるまま村で初の舞台公演に取り組んでいく。

 様々な困難や障害を、仲間たちで乗り越え当日を迎えた青年たちは・・・???

 「今までこんなに真剣に何かを取り組んだことが生きてきた中であったろうか?」、「そしてこれからの俺の人生に、あんな夢中な思いをすることが何べんもあるといいと思います。もしかしたら、幸福とはそういうことなんじゃないかと・・・」

 村の青年会会長は、この取り組みを通して人間にとって本当の幸福とは何かを見つけ出します。 村の青年たちに、人間として本当に大切なものを残し、劇団員は次の地へ向かう、「ふるさと」の歌を高らかに歌いながら・・・。

山田洋次監督の作品には、人殺しや、刺激的なシ-ンは一切出てきません。そこには、人間賛歌と人間を暖かく見つめる視点があります。 ぜひ、一度観てみてください!

 ちなみに、山田洋次監督作品で、特にこの「同胞」の映画に自分が思い入れを持っているのは、倍賞千恵子さん演じる劇団員は、私が20代に行っていた仕事そのものだからです。

 演劇を通し、人と人とのつながりをつくる仕事。演劇を観てもらうだけでなく、演劇公演に関わる人たちと、今の社会を考えていく、そんな仕事でした。

最後に1975年当時の予告編に出ていた字幕の文章をそのまま紹介します。

『北国にようやく春が訪れる頃、見知らぬ村の青年たちを訪ねて歩く・・・。「あなたの村で私たちの公演をしませんか?お年寄りから子どもまで、村中の人々が楽しめるお芝居を!!」きびしい四季に耐え、多くの困難を乗り越えて、でっかいことをやりとげた青年たちとある劇団の交流。 山田洋次が静かに語りかける『同胞 』



同胞



映画「同胞」についての情報はこちら


http://www.gendaiza.org/gekidan/harakara.htm


中々手に入りにくい作品です。一度観てみたいという方は、ご連絡ください。私にとってはとても貴重なDVDなのでうきょ1週間程度でよければお貸しいたします。

テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

第4回大田区介護従事者交流会

 昨日、大田区の在宅系・施設系サービス事業所、各地域包括支援センター、行政、医療、社会福祉士会等のみなさんを呼びかけ「大田区介護従事者交流会」を開催しました。

 この大田区で高齢者を支える専門職として働いている180名、80を越える事業所の方々が出席してくださいました。

 4年前、今の医療法人に来た時に、「一人の利用者に様々な人が関わっている。横の連携が何より必要」と実感し、大森の地域で実際に自分のケアプランに関わってくれていた事業所の方々に声をかけ、開催したのがきっかけでした。

 年々規模が大きくなり、昨年からは、「専門職として地域を支えているみなさんにエールと協同の意思を表明して欲しい」と行政の方々にも出席していただいています。

 毎年新しい顔ぶれが加わることも嬉しいことですが、最初から毎回出席してくれている方々と「今年も一年頑張ったね!」と話しができることもまた嬉しく思います。

 第2回の交流会の時、縁があって、東京大学農学博士でありながら、介護保険制度、介護予防を深く研究されているSさんと知り合い、出席してもらい挨拶をしていただきました。

 「これから介護保険制度が長期的に成り立っていくかどうかは、専門職である皆さんが続けられるような保障と職場環境をつくること。そして、各事業所内では限界がある。

 専門家としての研鑽を構築していく場を、自分たちで連携を通してつくっていくこと」とその場に来ていた皆さんに話してくれました。この言葉は、自分の心にスッと入り、今でも自分の大切な行動の指針になっています。

 交流会に参加してくださる皆さんとは、1年間一緒に仕事を通して関わった人たちばかり。「今年1年このみんなと創ってきたんだなあ・・・」と自分の1年間の歩みを確かめる場ともなっています。

 今回は、ブログでも書いた大森の老舗百貨店「ダイシン百貨店」の皆さん、認知症セミナーシンポジウムで熱く想いを語ってくださった、行政センター係長Nさん、社会福祉士Nさんがこの交流会でも挨拶をしてくれました。

 本当にすてきな方々とこの大田区で仕事をしていることを誇りに思います。

 認知症セミナーも、この交流会も、自分自身の歩みを止めてしまったら、きっとマンネリになり、皆さんに集まっていただくことも出来なくなり、続けることは出来なくなるのでしょう。

 続けていくことがしんどく感じることも正直ありますが、今まで出逢った方々からもらった確信を今更捨てるわけにはいきません。

 医療と比べて歴史が浅い福祉専門職。経験を積んだ方々が続けていき、層を積み上げていくことができるよう、専門職同士が共感できる場を多くつくっていきたい。

 そして、自分も1年1年、自分自身の人間的成長をつくり、新しくこの世界に入ってくる方々に伝えたい。「自分自身の人間的成長が専門職としての成長に繋がるこんな素晴らしい仕事はない!」と。



紅葉の中を走る箱根登山鉄道落ち葉
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紅葉の登山鉄道

テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

おおた社会福祉士会 原稿

 大田社会福祉士会から、「地域包括支援センター」について、原稿依頼があった。2000字ほど思いを綴らせてもらい、11月20日発行され郵送されてきたので、そのままブログに載せます。

『入新井のめざす地域福祉』

 改めて「地域包括支援センター」が設置された目的を考えたときに、以下2点の大きな課題に向けた役割を担う機関であるという認識を持っています。

1)介護保険サービスやケアマネジメントだけでは高齢者の生活全てを支えることは困難。

2)高齢会の進展、世帯構成の変化(65歳以上の独居・夫婦のみ高齢世帯が全世帯の45%)に対応し、保険・医療・福祉の専門職やボランティアなど、地域の様々な資源を統合した包括的ケア(地域包括ケア)が必要。

 これから訪れる、世界中どの国も経験したことのない超高齢社会に向けて、「地域包括支援センター」が、地域包括ケアを有効に機能させるために、地域住民と、保険・医療・福祉の専門職との連絡・調整、コーディネートを担い、これらの課題を乗り越えていくことが何より大切だと考えています。

 私たち「地域包括支援センター入新井」は、大森北全域、山王1~2丁目、平和島・大森本町の一部を(65歳以上の方、約6900名)対象地域としています。

 職員数5名、介護予防プラン作成件数は150件(一部委託含む)、その他、総合相談支援、権利擁護業務、包括的継続的ケアマネジメント業務と業務量は膨大だが、私たちの揺るぐことのない仕事の中心として置いているものが、地域ネットワークづくりだということは、全職員一致しています。

 日常のつながりの中で、この地域で暮らしている方、この地域で働いている方すべてが、地域ネットワークの対象者です。

 地域の老舗百貨店であり、高齢者の交流の場となっている「ダイシン百貨店」の全職員170名が、「認知症サポーター」養成講座を受講し、登録されました。

 包括支援センターで取り組んでいる「介護予防教室」にも、快く会場を提供してくださり、職員の方も複数名必ず参加してくれています。

 10月27日、私たちが取り組んで2回目となる「認知症セミナー大森」は、200名の参加があり、そのうち4割が地域住民、介護者、民生委員と、回を重ねるごとに専門職以外の方の参加が増加しています。

 中でも地域の民生委員の方々が、毎回ほぼ全員出席して下さることはとても力強いことです。

 また、社会福祉士会副会長の中村さんをはじめ、弁護士・行政・医師等専門職種の方がセミナーの趣旨に賛同し、シンポジストとして参加してくださったこと。

 そして何よりも嬉しかったのは、地域住民と専門職が顔を向き合わせ、認知症の人が、「患者」や「利用者」としてでなく、「住民」として暮らし続けることができる地域を創造していく第一歩が踏み出されたことです。

 私たち「地域包括支援センター」の役割は、地域に暮らしている方々、各専門の方々に、「ここは○○をしているところ、だからこういうときに気軽に相談していいところ」、「ここへ行くと○○さんや△△さんがいて、話を良く聞いてくれるから安心」という地域の一部に溶け込んでいくことが大切だと感じています。

 自転車で訪問に出る。商店街を走ると弁当屋・肉屋・八百屋、路地に入ると民生委員、ケアマネージャー、介護者などから声をかけられたり、呼び止められたり、なかなか目的地にたどり着けない。

 このような出来事の一つひとつが私たちの誇りであり、やりがいにつながるのでしょう・・・。

 平成18年9月、東京都による地域ケア整備構想検討委員会が設置され、東京都としての療養病床の再編成と、地域ケア体制の推進についての策定に入りました。
 
 急速な高齢化に伴う、要介護・認知症高齢者の増加。都市化の進展、住民の流動化により、培われてきた「地域共助」の低下の加速。高齢者の独居や夫婦のみ世帯増加による「自助」の低下(孤立の恐れ)。

 大都市東京特有の地域特性は、「地域包括ケア」を考えたときに大きな障害となる要素が多いものです。

 しかし、多数の人が住み、働いている「人的資源」の宝庫。介護・医療だけでなく、日常生活を支える多様な社会資源(商店街・スーパー・コンビニ・交通機関・金融機関等)が、身近に存在している利点もあり、「大都市の特性を活かした地域づくり」は可能なはずです。

 認知症になっても、要介護状態になっても、『住民』として暮らし続けることのできる、「暮らし続けたい !」と希望できる地域社会を、地域に根ざした「地域包括支援センター・社会福祉士」としてみなさんとともに構築していきたいと思います。


この大都市東京で、「暮らし続けたい」と希望できる地域社会を!
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

権利擁護の視点

 東京都介護予防老人総合研究所主催の、研修に2日間参加してきた。

 今回は各区行政職員と包括支援センター1ペアの参加で都全体を対象とした研修だが、40名ほどの小数精鋭(?)の研修でした。

 虐待に関する対応について学び、各区の虐待に関するシステム構築・ネットワーク構築を、参加者が主体となり行っていくという研修の趣旨である。

それにしても、各区によって虐待予防、虐待に関しての介入については取り組み内容に開きがある。大事なことは、「権利擁護の視点」を共有する重要性。

 これは、行政・包括支援センター・各専門職もそうだが、普及啓発による地域住民も含まれる。

 介護保険制度が誕生し、今までの措置から契約へ移行。利用者がサ-ビスとして選び、利用できるようになったが、一方で、契約・申請主義の社会となり、自分から窓口に来ることができない高齢者、自分からは意思を伝えることができない高齢者自身の権利が守れない状況をつくり出している。

 だからといって、民間事業者には、介入的支援の権限はなく、地域住民の権利を守る責務のある行政が、高齢者本人の生活と権利を護るために社会的支援を公的に組み立てていくことが求められている。

 簡単に言えば、権利擁護は、採算に合わず、長期に亘り根気のいる支援のため、この役割を「地域包括支援センター」が担うことになっているのでしょう。
 

 めっきり寒くなりました。路地裏の赤ちょうちんでちょっと一杯絵文字名を入力してください
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

龍馬の写真に魅せられて

 大学1年、18歳の時に司馬遼太郎先生の「龍馬がゆく」を読んだ衝撃は20年以上経った今も鮮明に覚えている。

 当時、文庫本で全8巻を3日間で読破した。以来、大学4年間で5回は胸を熱くさせて読んだと思います。

 工学部写真工学科だった私は、4年になり卒業研究を迷わず「幕末の写真術」に置いた。 有名な龍馬の遠く未来を見据えているような立ち姿の写真に魅せられて・・・。
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 「龍馬が撮影した写真術を自分の手で再現したい!」思い立ったらすぐ行動!今も変わらない単純な動機から、スタートしました。

  龍馬の写真を撮影した技術は、1800年代中期から、1900年代始めまで全盛を極めた「湿板写真」という写真法です。

 日本でも1857年(安政7年)頃には、湿板法が伝来し、各地に写真場が開業しました。坂本龍馬や高杉晋作の肖像写真は長崎の写真師、上野彦馬により撮影されたものです。

 研究室時代に、1872年清国で発表された「脱影奇観」を、津山潘宇田川準一が翻訳した「コロジオン湿板写真法」という書物と、上野彦馬編著「舎密局必携」(セイミキョクヒッケイ)の2冊を入手し、一年間の写真術再現にとりかかった。

 1年間のうち、半年は書物の現代文への訳しに費やされた。コロジオンに銀を混ぜた溶液をガラス板にまんべんなく塗布し、ガラス板が乾かないうちに撮影する。

 感度は今のフィルム(ISO400)の1/10000、だから撮影時間も幕末の写真場の中なら5分ぐらいはかかったでしょう。

 この湿板写真はガラス板 のまま、フィルムとして紙に画像を焼き付けることができるが、ガラス板のまま黒い紙を後ろにあてると、白黒が反転してそのまま写真として鑑賞することができる。

龍馬の写真を始め、幕末当時の現在も残存している写真を見ると、笑顔の写真がないことに気付く。

 みなさんも試しにいい顔 o00o で龍馬の写真のポ-ズのまま5分間立ち続けてみてください。

 しかもなるべく目を閉じないように!後半は細目になり、「ムスッ」とした顔になるでしょうぐすん泣
 
 みなさんが写真で見たことのある龍馬や徳川慶信や勝海舟たちは、じつはパッチリ目で、愛嬌たっぷりな顔をしてたかもしれませんね。
 
 「当然と思っていることが、学んだり、実際やってみることで新たなことを発見できる・・・。」振り返ると、今自分が仕事としてやっていることとは、全くかけ離れている大学生活だったが、このことだけは大切に今の自分の肝に入れている。


竜馬の写真術で風景を撮影したガラス板。白い壁をバックに見ると、フィルム画像ですが・・・。
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これが、黒い紙をガラス板の後ろに付けると、白黒が反転し、白黒写真のような画像となる。
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上のガラス板をフィルムとして使用し、銀を塗布し、卵白でコーティングした紙(鶏卵紙)に写し出したもの。
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これが現代のカラー写真で、同じ風景を撮影したもの。
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

うどん屋娘

 こんな題名の歌があるのをみなさんはご存知でしょうか?シンガーソングライターの「横井久美子」さんが歌っていますが、今日はこの歌を皆さんに紹介したくなりました。

 歌詞の全てを引用することはできませんが、サビの部分だけ。

「うどん屋娘」

  オンプ 私はしがない田舎のうどん屋娘 みなさん素敵な夢を見ているときに

  私は冷たい風と切れるほどの水の中で 働いているの音符

    
 この「うどん屋娘」に登場してくる主人公のような訪問介護事業所の所長さんが包括支援センターの真向かいにいる。

 毎日きっと遅くまで仕事をしているのだろうが、いつもみんなを元気にしてくれる。「あなたの笑顔を見てると元気になる!」と、私が担当している「要支援」の方々からも話しが良く出る。

 夏は、顔を真っ赤にして、汗をかきながら笑顔!冬はほっぺを真っ赤にして笑顔!(結局、四季を通して顔を真っ赤にして励んでいる)

 横井久美子さんの歌を聴くと、(たまに、ギターを手に事務所で歌うこともある)心の底から元気になる。そして、この真向かいにいる「うどん屋娘」と話していると、やはり心の底から元気になる。さあ、明日もがんばろう!       

 横井久美子さんをよく知りたい方は下記ホームページへ。今日紹介した「うどんや娘」の他、「私の愛した街」・「我が大地のうた」等すてきな歌がいっぱいです。 
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http://www.asahi-net.or.jp/~fg4k-yki/

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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

地域包括支援センター3職種の役割

 「今まで何のためにがんばってきたのか・・・」、「早く死にたい・・・」

 最近、訪問した時によく聞く言葉です。

 包括支援センターへの相談内容で一番多いのは、介護保険に関することだが、介護保険を申請し、ケアマネ-ジャ-につなぎ、サ-ビスを入れたからといって、その方が住み慣れた地域で暮らし続けていけることにはならない。

 高齢独居・夫婦二人世帯が、全世帯の中で45%。路地に家が4軒並んでいたら、2軒は高齢者だけの暮らしです。

 介護が必要な人を介護している人も要介護者。しかも最近では、社会の歪みから子どもとの同居世帯であっても、子どもが職を失い、介護と自暴自棄から虐待に至る、というケ-スも少なくない。

 私たちの日々の相談業務で最近は、当事者に必要な家族支援を考えることも多くなっている。

 高齢者福祉の総合相談窓口が「地域包括支援センター」の役割だが、今後は、社会福祉・医療全般の総合相談窓口としての機能と、スキルが必要となってくると感じている。

 包括支援センター三職種の中でも、「社会福祉士」・「保健師または、在宅経験のある看護師」の視点は重要だろう。

 また、主任ケアマネ-ジャ-は、「多問題を抱えている家族を担当している地域のケアマネ-ジャ-への支援」という視点を確立してほしい・・・。

 今の社会の中で、たとえサ-ビス事業所とケアマネ-ジャ-が連携をとっていたとしても、多問題家族支援を1ケアマネージャーとして関わることは困難です。

 介護保険制度が始まり、まだ7年。どんなにベテランケアマネ-ジャ-でも、7年の経験でしかないのです。(地域包括支援センターの主任ケアマネージャーも含めて)

 しかも、3~4人という少人数のケアマネ-ジャ-の事業所が多く、経験の浅いケアマネ-ジャ-への資格に対する理念構築、実際のケアマネジメント指導は事業所単位ではほとんど行われない。

いきなり担当ケ-スだけが増えていき、経験やケアマネ-ジャ-としての理念は積み上げていけず、擦り減るように仕事をこなす。

理念が育っていないのだから、大変なだけの仕事にやりがいを持てず辞めていく。

 包括支援センターの主任ケアマネージャーは、「ケアマネージャー」と関わる際に、各事業所のケアマネージャーとしてではなく、地域のケアマネージャーとして、相談・支援にあたってほしい。

制度に対する解釈や、確認が「地域包括支援センター主任ケアマネージャーの役割」と、地域のケアマネージャーから認識を持たれるようであれば、それは行政の給付係の出張所でしかなく、相談・支援とはならない。

 地域のケアマネージャーが求めているものは、そこではないはずです!!

 今の社会の中で、総合相談としての機能を、地域ネットワークの機能を本当の意味で果たしていくためには、包括支援センター職員自身が、それぞれの専門職種として、同じ地域の専門職種とどう連携を構築していくかを考えていかなければならないと感じている。


山形県にある山寺 立石寺。奥の院まで登る中間地点に位置する仁王門。秋の気配が迫っている。
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

我が街の看板娘

 事務所近くに、昭和11年創業の美味しいパン屋さんがある。値段も手頃で、訪問帰りによく買いに行く。なかでも、厚切りトーストにチーズをのせたパンは必ず選ぶ一品!この厚切りトーストにグラタンがのっているのも好きなんだなあ・・・。

 このパン屋には、看板娘がいる。三角巾をかぶり、割ぽう着を着て、レジをほぼ一人で任されている。

 「看板娘」と書いたが、年の頃は90歳を少し越えるぐらいだろうか?このパン屋の看板娘、店に客が来たところで「いらっしゃい!」とシャレた声かけはない。一人が入れるぐらいのレジのスペースにシャキンと立っている。

 すごいのは、パンを何個かトレイに載せて持っていくと、どのパンがいくらかを覚えていて、パンを袋に入れている間に「はい、○○円」と値段が出てくる。そのあとにレジ打ちが始まる。

 パンが手渡され、値段を言われ、お金を渡し、そこまではあっという間なのだが、その後のレジ打ちが時間がかかる。だが、嫌な待ち時間ではなく、レジ打ちの間は、壁にかかっている「あいだみつお」さんの日めくりカレンダーを読むようにしている。

 今までこの看板娘と言葉を交わしたことはなかったのだが、(私の恥らいもあって・・・)先日、いつものように、パンをトレイに載せて、レジに持っていくと、「あと3分待てるかい?」と声をかけられた。

 「同じ値段なら出来立てのほうが得だからねえ・・・」初めて看板娘の笑顔を見た。今まで顔をしっかり見たことがなかったが、出来立てのパンのような若々しい表情が印象に残った。

 きっと創業者の奥さんなのでしょう。

 パンの味をしっかり受け継ぎ、奥では息子さん夫婦がパン作りに励んでいる、店は気にせず看板娘に任せて・・・。「生涯現役」看板娘と話せた嬉しさから、来週も訪問帰りにパンを買って帰ろうと思っている。



「包括菜園」が秋の収穫を迎えました!大根は、収穫までいきましたが、隣りのプランターに植えた春菊は、毛虫に食べられ全滅。
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大根も小ぶりなものばかりで、収穫した野菜で鍋パーティー!というわけにはいきませんでした・・・汗;
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

実際をつくるむずかしさ・楽しさ

 ある日、私が訪問で出かけている間に、我が地域包括支援センターにスーツを着た二人の男性がやってきた。

 スーツ姿の二人の男性は、地域の○○銀行の支店長・部長さん・・・。

 じつは、毎日同じ時間帯に夫名義の多額の金額を下ろしにやってくる方がいて、困っているのだそうである。

 自分名義の預貯金については、本人なので対応している。しかし夫はすでに亡くなっていて、引き出すことに応じることができない。

 本人の中では夫はまだ生きており、「銀行がみんなで自分を騙している」と言っては、しばらくいて、帰宅する毎日が続いている。

 銀行職員の2人は、相談に来たものの中々話を切り出さなかった。「高齢者の相談窓口」と聞いて訪ねてきたものの、個人情報の保護義務が、当然銀行職員にもあり、「さて、どこまで話していいものやら?」悩んでしまった。

 結局、細かい話も聞けず、帰ったそうである・・・。

 その話を訪問から帰ってきてから聞いて、すぐに銀行へ連絡をしてみた。

 「認知症の症状が出現し、『物盗られ妄想』がある方などが、今回のように銀行に行くことは、今後も考えられること。独居の高齢者で、今回のように気づいたときに連絡を入れてくれることは、私たちもそこからその方に支援を繋いでいくことができること。」を伝え、「ぜひ、もう一度話しをしたい!」と話したところ、その日のうちに、再度たずねてきてくれた。

 このときには、本社ともこの件について連絡をとってきてくれていて、詳細な話をしてくれた。

 その後、銀行の心配(個人情報をどこまで伝えていいのか)も考慮し、行政職員も含め検討会を開き、行政職員・包括支援センター職員(社会福祉士)がその方の家へ訪問し、今は、定期的に包括職員が連絡を定期的にとっている。

 この方は、夫が今でも生きていると思い込んでいることや物盗られ妄想は見られるが、生活面は自立されている。

 ただ、今も毎日、同時刻に銀行には行って、同じ話しを毎日しているらしい。

 状況をわかっている支店長・部長が必ず対応してくれているそうである。

 銀行としても、自分たちだけで対応していてどうすればよいのか不安だったが、「行政・福祉が関わっている、また何かあれば相談するところがある」という安心感を持ってくれているように思う。

 この方については、今後、定期的にかかわり、生活に支障がない限りは、今の暮らしを継続できるよう見守っていきたい。

 今、地域包括支援センターに、地域ネットワークづくり地域連携という役割が叫ばれているが、どう具体化していけばいいのかというマニュアルはない。

 研修資料などで、図としてはよく出ているが、教科書どおりに上手く行くはずなどない。
 
 地域のネットワークづくりは、自分たち包括支援センター自体が商店街の一店舗のように、「ここは何をしているところ、だからこういったときに気軽に相談していいところ」。

 「行くと○○さんや□□さんがいて、話しを良く聞いてくれるから安心」という地域の一部に溶け込んでいくことが大切だと感じている。

 自転車で訪問に出る、商店街を走ると、弁当屋さん、お肉屋さん、銀行の方々、路地に入ると、民生委員の方、介護者の方、ケアマネージャーなど、色んな人に声をかけられたり、呼び止められたりすることが私たちの仕事の中で何よりの勲章なのではないでしょうか・・・。



大田区役所へ行くときに、蒲田駅前で、今では珍しいチンドン屋を発見!生演奏と、軽妙な語り口に、しばし聞き惚れてしまいました。
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テーマ: 地域包括支援センターの話
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ある木工職人の話

 ある木工職人の方の話し。「樹齢200年の木を使ったら、200年は使える仕事をしなきゃ。木に失礼だから・・・」
 
 私もこの世界に入って10年。今まで、高齢者の方々の何年分の人生と出逢ったのでしょう。「たくさんの方々と向き合ったんだから、いい仕事をしなきゃ。出会った人たちに失礼だから・・・」



夕日町3丁目から、東京タワーを望む
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア

「極める」ことの先にあるもの・・・

児童演劇の仕事を始めたばかりの頃、世界的に有名な女性バイオリニストのソロコンサ-トの開催が実現した。市内20ステ-ジほどの公演だったと記憶している。その記念すべき初日が、自分の担当地域だった。

  「未来ある子どもたちにこそ、人類が手にした最高の舞台芸術を!」と、3歳から3年生の低学年を対象としたコンサートだったが、プログラム内容はアニメソングなど一切入れず、すべてクラシックの楽曲を揃えていただいた。

 親子で世界最高峰のバイオリンコンサートを鑑賞できるとあって、会場は超満員!

 初めて体験するバイオリンコンサートを何とか成功させたいと、その頃の私はピリピリモ-ド。開演前に座席で騒いでる子どもがいると片っ端から注意していった。

 幕が開き、コンサートが始まる、1曲めの演奏途中で「エ~~~~~ン」とホ-ル中にサイレンのように鳴り響く子どもの泣き声!

 その後、「バタバタッ」と泣いてるわが子を小脇に抱え、申し訳なさそうに一目散にロビーへ走り去る母親の足音!

 観客たちの視線は、舞台ではなく走り去る親子に釘付け えぇ

 その時である、バイオリンの音が「ピタッ」と止まり、何分か前に消えたばかりの照明が再び点いた。そして舞台下に隠されていたマイクスタンドがス-ッと上がり、バイオリニストのTさんがマイクを持ち話し出す。

打ち合わせとは明らかに違う眼の前の有様に、「くそガキ一人のせいで台無しだ!仕事辞めたって、責任とれないだろうなぁ・・・。」

 と、思っている中・・・。

 「あの子はあそこまでがんばったのだからいいんです。ただ、このことでお母さん方が気にしているようなので演奏を止めました。せっかくのコンサートです。ぜひ私の演奏を、隣りにいるお子さんと楽しんでいってください!」

 会場から割れんばかりの拍手が鳴り響く。そして新たに途中で止まってしまった曲が始まった。世界的名器「ストラティバリ」から何とも言えない奥深い音色が流れる、曲はドヴォルザ-ク作曲「ユ-モレスク」だった・・・・♪

 このバイオリニストのTさん、3歳からバイオリンを始め、小学校には行かず、自宅に専属の講師をよびバイオリンの英才教育を受けたそうである。

 この当時60歳を越えていたと思うが、それでも練習をしない日はないと言っていた。

 「バイオリンという一つのことをとことん極めた人」しかし、「バイオリンしかやれない人」では決してない。

 ひとつのことを極めるには、あらゆる分野の専門性が必要になってくる。

 この方の場合であれば、世界の言語を知らなければならない。世界の歴史も必要。バイオリンという楽器は繊細である、気候・湿度と楽器の関係も知らなければならない。

 そして何より、自分の演奏を聴きに来る観客(人間)を知らなければならない。「極める」ためには、その極めるところへ行くための枝葉が必要です。「必要があるから学ぶ」だからこの学びは強い。
 
 芸術を極めた方だからこそ、人に感動を与え、与えるだけでなく、そこに「共感」を創ることができたのでしょう。

 「極めたい!」とその専門の道を進む強さを!Tさんの生き方を!「今、自分に刻みたい」と願っている。明日は、休み。久しぶりにドヴォルザークの「ユーモレスク」「新世界」でも聴きながら、芸術の秋を満喫しよう!

 
 P.S.ちなみに、私が今いる医療法人に来たのは、同法人の理学療法士Yさんからの誘いだったが、この人も、リハビリという専門を極め、病院の中でもなくてはならない人。

 それでいて人間的な魅力にあふれている。一見ただの親父だが、この人がいたからこの職場を選び、自分が今ここでがんばれてるのでしょう。この人もやっぱり「極めた」人だとつくづく感じている。

 直には恥ずかしくて言えないので、こっそりここに書き留めておく。


陽の光と潮風を浴びて、ギュッとうまみの詰まった「イカの一夜干し」。この画像を肴に一杯どうですか?
         ↓
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