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地域包括支援センター 『 みま~も 』 とともに歩んで
地域包括支援センターが取り組んでいるみま~もの記録です。

今から5年半前、デイサービスをやめて横浜の社会福祉法人でケアマネージャーをやっていた私に大田区の懐かしい人からの電話が一本入りました。
現在、当医療法人理事の若杉さん・・・。
デイサービスで働いていた頃、当医療法人理学療法士の皆さんが利用者のリハビリを行っていました。その頃からの付き合いで、若杉さんが電話をくれたのです。
「もういいだろ、そろそろ大田区へ戻ってこないか?」
この人の一声で今の医療法人に来ました・・・。
この方からの声かけでなければ、今も横浜で働いていたのだと思います。
戻ってきてケアマネージャーとして働き始めた頃の大田区は、専門職の意見に耳を貸さない。
それどころか、専門職が委縮するような個別の呼び出しをして、給付費抑制を前提としたケアプランチェックなどが平気で行われるような、いわば冬の時代でした。
私も、ケアマネージャーとして必要だと判断したケアプランに対して、何度、給付係と意見を戦わせたかわかりません。しかし、もともと給付費抑制が念頭にある方、話し合いになるはずもありません。
この頃の大田区には、様々な専門職の職能団体もなく、擁護してくれる場所もない。
事業所といっても、ケアマネージャーが3~4人の事業所が多い中、自己研鑚の機会もなく、せっかく資格をとったのに「こんなはずではなかった・・・」と辞めていく仲間を、歯噛みしながら何人見送ったでしょう・・・・。
行政がそのような立場だったら、自分たちで連携しあおう、横のつながりを創ろうと始めたのが、「大田区医療・介護従事者交流会」を始めるきっかけでした。
とはいっても、大田区に戻って半年ほど・・・。近場でいつも話し合っていた仲間たちに声をかけ、飲み会のつもりで行ったのが第1回目。名前も「大森地域介護従事者交流会」。
飲み会のつもりで気軽に声をかけて当日ふたを開けたら、100名近い方が集まってくれました。
1回で辞めるつもりが、1年後の同じ時期になると「去年のようにまたやろうよ!」と声がかかる。
これまた断れない性格から開催する、昨年を上回る方が集まる。そして翌年、また翌年とやるたびに規模が大きくなっていく・・・。
そして、自分の中にも専門職の連携の大切さが、確固とした形で確信になっていく。
「ただの飲み会ではもったいない、あらゆる専門家の方や行政機関も呼び、自分たちの視野を広げるような取り組みに・・・!」と自分自身の思いも変化してきたのが、3回目ぐらいからだったのではないでしょうか・・・。
そして、今年最後の第5回を迎えることができました。今年は大田区の大きな変革の年だったのかもしれません。
「大田区介護支援専門員連絡会」「主任介護支援専門員連絡会」が発足し、このような動きの中から、訪問介護・通所介護等、サービス単位の連絡会も、さらなる進展へ具体化が始まっています。
そして、サービスや、事業所を超えた専門職、地域団体、専門機関が連携し、地域に暮らす人たちと、これから迎える大都市の高齢化に向けて大きく手を結ぼうとする、全国でも初めての取り組み「大田北高齢者見守りネットワークをつくる会」が誕生しました!!
5年前、仲間たちといつも語り合っていた未来像が、今この大田区に力強く生まれ始めたのです!!
こんなにうれしいことはありません、そしてこの大田区で生まれた動きを、さらに確かなものにしていくために私は力を惜しみません。
28日の交流会、私を大田区に戻してくれたWさんがいます。デイサービス時代の仲間たちがいます。横浜でケアマネージャーをしていたころの先輩たちも駆けつけてくれました!
大田区保健福祉部長、東京都老人総合研究所の皆さんがいます。
警察・消防の地域づくりセミナーで話をしてくれた方もいます。他区の方々も参加してくれました。当医療法人の医療福祉部のみんな、見守りネットワークをつくる会のメンバー、大田区の包括の仲間たち・・・。
最後のあいさつで舞台に上がった時、170名の仲間の顔がそこにありました。
司会の「絵描きナース」は、私がいたから今の自分がここにいると言ってくれました。涙があふれそうになりました・・・。
感激で話している途中から、頭が真っ白になってしまい、こんな場でいいかなあ・・・???と思いながら、参加者誰一人知らないであろう歌を歌っちゃいました

「そんな町を」
児童演劇で働いていた頃、「きたがわてつさん」という歌手を呼んでコンサートを開催したことがありました。
その時初めて知ったのがこの歌です。
その当時は、生の舞台芸術を親子で見れる場、地域を創りたい!という思いで、鑑賞に来た子どもたちと一緒に聴き、そして歌いました。
「今この歌を、今度はこの大田区で、この仲間たちと高らかに歌いたい!」そんな思いで、楽器も何もない中歌っちゃいました・・・。
一人ひとりの 力は小さいけれど
みんなでよせあえば 大きな力になるさ
君と僕の生きている町 夕日のきれいな町
よびかけあえば笑顔がかえる そんな町を
サビの部分を何度も何度も歌いました・・・。誰一人この歌を知らない皆さんが、いつしか一緒に歌ってくれています・・・。
5年前から今まで、「そんな町を・・・」という思いで動いてきました。そして、仲間と思い描いていた地域の形が、専門職同士の連携の形が、今、ここにあります。
さあ、この仲間たちと新しい動きを、来年に向けた動きを始めていきたいと思います。私自身は来年度、「医療と介護の連携」を軸に新たなスタートです。
(おまけ)
交流会後、2次会へ突入!2次会も、9時半頃からのスタートにもかかわらず集まった方々が60名ほど

2次会の終わりにも、みんなで「そんな町を」の大合唱!なんか「そんな町を」が、大田区の医療・介護従事者のテーマソングになっちゃいそうです

そんな町を (作詞・作曲 きたがわ てつ)の歌詞、曲を聴きたい方はこちらをクリックしてください。
我が愛する先輩!牧田総合病院 理事 若杉さんからの開会あいさつ
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7月地域づくりセミナーではお世話になりました。大森消防署の野崎さん
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東京都老人総合研究所 矢冨先生。大田区へエールを送って下さいました。
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大田区保健福祉部部長 中山さん。新しい大田区の医療・介護連携をこれからもよろしくお願いします。
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大田区介護支援専門員連絡会 会長 入野さん。大田区でのケアマネージャー職能団体の誕生をみんなで喜び合いました。
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大田区主任介護支援専門員連絡会 会長 渕上さん。地域包括支援センター主任ケアマネージャーを中心に、各事業所にいる主任ケアマネージャーの方々も加わっています。ケアマネージャーの皆さんが心強く感じるご挨拶でした。
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「大田北高齢者見守りネットワークをつくる会」のメンバーは舞台を黄色に染め、この会の趣旨を代表の中村さんはじめ、みなさんで大きく訴えました!
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170名の皆さん、思い思いに交流を深めていました。
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私たち大田北地域の行政センター高齢支援係 係長 新田さん。見守りネットワークをつくる会は、この方が担当地域にいなければ、このような形にならなかったと思います。いつもありがとうございます。
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締めのあいさつで「そんな町を」を歌っちゃいました。
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
いつも何かを取り組むときに感じるんですが、当日の成功は、それまでにどれだけ多くの人が関わったかで決まるんですよね。
大昔、児童演劇の仕事をしていたときに、川崎の土手で、観劇してくれている親子対象にお祭りを催したことがありました。
私をはじめ、関わってくれた青年たちが何日も徹夜で凝って作成したのが入場門!そこには、次の舞台(人形劇)で登場する予定の龍が柱を登るように描かれています。
遙か遠くからもそびえ立っているのがわかるほど、すばらしい出来映えの入場門に、前日作るのに関わったみんなで肩を組んで喜び合い、当日の喜ぶ子どもたちの姿を想像したものです・・・。
が、しか~し、翌朝、集まってきた子どもたちがまずやったこと、それは、自分より遙かに大きい龍に戦いを挑むことでした

残骸の中から段ボールの部分を引きはがし、土手すべりに使う子まで出る始末

自分が対象となるものに関わったからこそ、すばらしい入場門と思える。だから青年たち(私を含む)は、肩を組んで喜び合えたんです。
子どもたちは、当日お客さんとして参加。だからこの入場門の価値が見えなかったんですね

翌年のお祭りでは、何も描いていない真っ白な入場門を作りました。そして、やってきた子どもたちと、その入場門に絵を描きました。ウルトラマンを描く子、花をいっぱい描く子、みんなが手がける。
そしてこの入場門は、みんなで作った世界でたった一つの入場門になったんです。こういうことなんですよね・・・。
この基準からすれば、今回の交流会は大大大成功です


今まででこんなに多くの人が、当日までに関わった交流会はありません。そして、明日を楽しみにしている人が多い交流会も・・・。
この交流会で大々的に発表する「大田けあカフェ」もものすごいことになってます。
今日になって、医療ソーシャルワーカー・医師等々、どんどん参加者が増えています。参加すると、まず最初に自己紹介コミュニティーで、自己紹介をしてもらっていますが、その一人ひとりの書き込みのあたたかくて、熱くて、思いがこもっていること・・・

読んでいてホント胸が熱くなりますよ。
みんなで関わって創りあげた、私たちの大田区介護・医療従事者交流会 !
180名の参加者の皆さんと、そんな思いになれるような明日の交流会になればと思います。

テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
私が居宅介護支援事業所管理者だった当時の大田区は、給付抑制の名のもと、ケアマネ-ジャ-の作成したプランを全く尊重せず、外出同行介助、同居家族がいる場合の生活援助サ-ビスも、必要性があろうがなかろうがすべて不可。
しまいには「仕事でいないのは家庭の都合」とまで言われたケアマネ-ジャ-もいました。
また、抜き打ちで突然連絡が入り、ある特定の利用者のプランを持ってくるようケアマネージャーに、個別に呼び出しがかかる。そして「サ-ビスが過剰、なぜこのサ-ビスが必要なのか?」専門職がたてる計画を執拗なまでに責め立てる。
このような追及をされては、新しいケアマネ-ジャ-などは自分の確固とした意見も言えません。
確かに、専門職としての計画の未熟さや、自分がたてたケアプランにもかかわらず、呼び出しされて責任をもって堂々と説明もできない。行政のやり方に意見も言わない、言えない、当時の私たちケアマネ-ジャ-集団がいたのも事実です。
行政の当時介護給付関係の責任者だったAさんの対応を、百歩譲って前向きに考えると・・・、
「私たちが給付抑制を通し、ケアマネ-ジャ-を育て上げなければ・・・、ケアマネ-ジャ-の質の向上ができるのは私たち!」という使命感で、あのような動きをしていたのかもしれません。
しかし、どう百歩譲っても、当時の担当行政職員の対応は、「まちがいでしたよ!」としか言えません。
ケアマネージャー集団の質の向上や、スキルアップを少しでも考えた上での対応だったのならば、それは、育てる、成長を育んでいく筋道を通さなければいけなかったと思います。
行政の立場での個別の呼び出し、一方的な批判の行く末は、ケアマネージャーを委縮させ、利用者・家族の適切なアセスメントに基づいたケアプラン作成能力、ケアマネージャーという専門職としての自覚までも失わせました。
給付抑制という前提に基づいた画一的なプラン作成、本人や家族から苦情が出ても、「制度でそうなっているのでできません」というしかない・・・。家族や本人からの苦情を、担当ケアマネージャーが一人で負うことも多くありました。
あれから5年あまり・・・、大田区も大きく変わりました。今年、大田区介護支援専門員連絡会が発足。時を同じくして、主任介護支援専門員連絡会も立ち上がり、行政も、専門職を尊重した姿勢に大きく変化したと思います。
育んでいくということは、集団が自覚的になっていくことへの支援や、集団に働きかける経緯がなければなりません。個人が個人へ働きかけても、持続的なスキルアップにはつながらないんです。集団がきちんとあれば、個人個人もその中で育っていくのではないでしょうか。
様々な歴史をふまえ、今の大田区の高齢者福祉のあり方がここにあります。私は、今、向かっている大田区の高齢福祉の方向を支援し協力したいと思っています。
他職種、他機関が本当の意味で連携を強化しあう、それがあって初めて、ここに暮らす人たちが、住み慣れたこの大田区でこの地域で安心して暮らせることにつながるのですから・・・。

その当時(少なくとも8年前)、ご主人が100歳、奥さんが94歳、結婚生活なんと75年!
大森の山王地域とは、戦前から文化人や財界人などが多数住んでいた横浜でいう山の手の地域。
特に、大正末期から昭和初期、東京の馬込から山王にかけての一帯(現在:大田区南馬込、中央、山王)に多くの文士、芸術家が住んでいて、互いの家を行き来し交流を深めていました。
宇野千代、尾崎士郎、川端康成、川端龍子、北原白秋、山本周五郎・・・・・などなど、文士として名を連ねる人たちはきら星のようです。
当時のこの地域は、武蔵野の面影を色濃く残し、静かな田園風景が広がっていて、いつしかこの辺りを「馬込文士村」と呼ぶようになりました。
その馬込文士村に住んで75年以上たつNさん夫婦・・・。ご主人は、耳が遠くいつもニコニコ。奥さんは、ご主人の半歩後を着いていくという昔ながらのご夫婦。
ある利用日、ご主人より40歳年下の利用者(孫ぐらいちがう?)に、Nさんはマージャンに誘われました。
椅子に座り、マージャン台に手をかけた瞬間、100歳のNさんの表情がギャンブラーの顔に変身

誘った60代の利用者Mさんいわく「この人はほんものだ・・・

後で奥さんから聞いた話なのですが、Nさんは、若い頃マージャンに明け暮れていて、自宅にマージャン仲間を毎日のように連れてきては、徹夜マージャン三昧。
奥さんは、徹夜マージャンのたびに(ほぼ毎日)、夜食を作っていたそうです。このNさんのマージャン仲間がきら星のような文士の方々・・・。とくに、北原白秋さんは、Nさんの良きマージャン仲間だったとか・・・。
私がこのデイサービスを退職するとき、Nさんの奥さんは、「もう会えないかもしれないね~」と私の手をぎゅっと握りしめ、そのあと私の顔を何度も何度もさすり泣いていました・・・。
北原白秋のマージャン友だちNさんは、そんな私と奥さんを見て、ニコニコしながらやはり泣いていました・・・。
その後、一度横浜にある施設併設の居宅介護支援事業所に1年ほどいたことがあるのですが、な、なんとこのNさん夫婦、この私がいた施設に入所してきたのです!
しかも75年以上暮らした山王を離れ、心細い思いで来たお二人の前に、ちょこんと私が現れる・・・、二人の喜びようといったら・・・。
それから、その事業所を退職し、私が大田区に戻るまでの約1年間、仕事が終わると毎日二人の居室へ行き、奥さんと昔話に花が咲き、ご主人は横でニコニコ。
奥さんは、おやつに出るまんじゅうや、和菓子を食べないでちり紙にくるみ、私が行くと必ず出してくれました。
長く住みなれた山王は、今は遠く・・・、唯一山王で暮らしていた時にいた私に、もう帰れない我が家、そして愛する地域に思いを馳せていたのかもしれません・・・。
デイサービスの時、よくギターを爪弾いていた私・・・。Nさんがいる施設を辞め、大田区に戻る日(今の医療法人に来るため)、施設のギターを借りてNさんと、Nさんのいるフロアーのみなさんも一緒に「ふるさと」を歌いました・・・。
Nさんの奥さんは、もう泣きませんでした・・・。「またいつか会えるわね」、「はい」・・・・
あれからもう5年の歳月が過ぎました。それからNさんには会っていません。2年ほど前に、お二人の元気だという話しは風のうわさで聞きました。
私の事務所の屋上からは、線路向こうの山王の山がよく見えます。今は、区画整理も進み、昔の文士村の面影は少なくなりましたが、遠く屋上から見る山王の山は今も変わらず、この目に飛び込んできます。
大田北高齢者見守りネットワークをつくる会イメージキャラクター「みま~もくん」の携帯ストラップができました!!
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![syasin[1]](http://blog-imgs-42.fc2.com/n/o/b/noborisawa/201107121120056b1.jpg)
テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
殻を破り、大きく花びらを広げる労力はどれほどのものなのでしょう・・・。
陽の光、大地の栄養、水分、あらゆるものから力を吸収し、私たちが今見ている花を咲かせる。
見えない部分に思いを込める・・・、見えない部分に力を注ぐ・・・、見えない部分にこそ枝葉をしっかりつける・・・。
それがあるからこそ、りっぱな花を大きく広げ、咲き誇ることができるのでしょう・・・。
見えない部分にこそ自分の思いのたけを込める、見えない部分に自分の力いっぱいの力を注ぐ、ただそれでいい・・・、結果など求めない。
だけれども、このような行為には、必ず結果がついてくる・・・花が咲き、実りの時期を必ず迎えることができる・・・、それだけで満足・・・。
そんな、生き方ができればいい・・・、ただそれだけの生き方が一番むずかしい・・・。
一つひとつの花に、その花だけの生命輝く・・・!
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ジャンル: 福祉・ボランティア

本格稼働は、28日の「大田医療・介護従事者交流会」後ですが、今関わりのある様々な方を招待し、デモ稼働しています。デモ中にもかかわらず、な、なんと、日々のアクセス件数が1200件とか・・・、やったあ~

この「大田けあカフェ」は、私たち「大田北高齢者見守りネットワークをつくる会」が、大田区で医療・介護に従事する方々がパソコンや携帯電話で自由に情報交換できる場、カフェのように気軽に雑談できる場としてのソーシャルネットワークサービスです。
この間、自分たちのネットワークを駆使してどんどん仲間を引き入れてます。医師・看護師・薬剤師・理学療法士・作業療法士・各介護保険サービス分野・ケアマネージャー・社会福祉士・東京都老人総合研究所、この高齢者福祉分野で働いていて、つながり合いたい専門の方ばかりです!!
これで終わり???、まだまだ広げていきますよお~・・・。行政・弁護士・司法書士・他区、他地域の同じように働く仲間たち!

また、高齢福祉に関わる情報だけでなく、地域の様々な情報も意見交換できます。だって、私たちには、地域の街情報を発信しているNPO団体の方々もいるんですから・・・。
そして、目玉は「大田北高齢者見守りネットワークをつくる会」に協賛してくださっているダイシン百貨店さんの介護従事者向け おとクーポン!これは、今日正式に決まった最新情報です!
月々更新してくれるそうです。例えば、ケアマネージャーの皆さん。寒い冬の日、何件か続けて訪問に出かけていると、ちょっとひと休みしたくなるときありませんか?
そんなとき、ダイシン百貨店食堂の無料ドリンク券があれば、ダイシン食堂でちょっとひと休み

新年会、歓迎会シーズンには、ダイシン百貨店が経営するイタリアンレストラン「カシュカシュ」宴会割引券があると、幹事さん、安く上がりますよ~!
そのほか、腰痛ベルト割引や、トクホン割引などもいいですねえ~。夢は無限大に広がります・・・。
このようなことができるのも、「大田北高齢者見守りネットワークをつくる会」の仲間たちと、この数ヶ月大変だったけど、築き上げてきたネットワークが土台にあるからこそできる取り組みなんだと改めて実感します。
医療・介護従事者が、しっかりつながりあう、手を結び合う。お互い、励まし励まされ、これからの超高齢社会を支える専門職が、切磋琢磨し合い成長していく・・・。このことが、住み慣れた地域でいつまでも暮らしたいと願っている高齢者や、地域の方々にとって、何より心強いことではないでしょうか・・・?
さあ、新しい展開のスタートを仲間たちと始めていきます!
大田けあカフェ詳細については、こちらをご覧下さい。
↓
大田けあカフェ申込書
テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
言うなれば、大田区地域包括支援センター入新井公式ブログ!!
わが地域包括支援センター職員については、ブログで何度か書いている・・・。2007年12月30日「わが地域包括支援センター職員へ」、今年、5月30日「Hくん」、7月9日「絵描きナース」などなど・・・。
主任ケアマネージャー I さんは、介護保険制度発足当初から当支援センターに在籍し、「在宅介護支援センター」→「地域包括支援センター」と、わが支援センターの歴史を築いてきた努力の人。
絵描きナースことHさんは、「一生懸命」が代名詞!
どんなことでも、自分がそうだと確信を持つととことん突き進んでいきます。どんなに大変な時にも愚痴を言うHさんを見たことがありません。Hさんの貫く姿勢と、熱意は脱帽ものです。
社会福祉士は私とHくん。デイサービス相談員から、我が包括へ転身!デイサービスは、私が以前いたところと同じ社会福祉法人で、私との付き合いはそろそろ10年ほどになります。
私が一緒にやりたくて、この包括に来てもらったんです。頑固者で、まっすぐすぎるのがたまにキズなんですが憎めないんですね・・・。
それは、彼の真剣さが本物だと信じているからでしょう。ここでの一つひとつの物事を、自分のものにしていってもらいたいと心底思ってます。
最後に予防対応職員として来てくれたTさん。うちの居宅介護支援事業所に私がいた頃、初めてスカウトをしたのが彼女です。
ケアマネージャーとしての視点・観点・経験は天下一品!!ケアマネージャーとしては I さんと同様にかかわり、看護師としても十分な経験があるので、絵描きナースHさんと同様に関わってくれています。
わが地域包括支援センターの頭脳的存在です。予防対応職員で彼女がいるということが、うちの層を厚くしていることだと思っています。(ちょっとほめすぎか・・・?)
以上職員紹介です。すばらしい職員たちと、仕事をさせてもらっていると心から思います。
このメンバーだからこそ、さまざまな取り組みが実現できたのだと思います。そして、包括のメンバーの中でだけは、私はつらくしんどい顔も見せられるんです。
そして今回、この職員たちがまたまた提案してきました。
「自分たちもブログやりたい !

準備でき次第、皆さんに紹介できる日が来ると思います、お楽しみに!
川崎駅前で、私の前を歩いていた老夫婦・・・。しっかりと手をつないでウィンドウショッピングしてました。
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
ここに来て、懐かしいメンバーから続々申し込みと連絡が入っています。昨日も、デイサービス時代の仲間から「ぜひ参加したい!」と電話が事務所にありました。
交流会の2次会の幹事は、デイサービス時代の社会福祉法人の皆さんが、力強く役割を受けてくれました!(180名が参加する交流会の2次会・・・考えるだけでも大変です。)
地域の縁のある方との飲み会から始まったこの会・・・。それが毎年毎年どんどん広がり、医療・行政の方々も数多く参加するようになりました。
そして今回は、ただの交流会だけではなく、これから訪れる東京の高齢化について、様々な分野の方から意見をもらう場も設けました。
考えてみれば、この交流会の内容や中身は、自分自身が1年間どんな仕事をしてきたかで決まってきたような気がします。
ある意味自分自身の1年間の集大成と、到達度の指針でした。
「この人と一緒に訪問したんだよなあ~」、「この取り組みは、この人たちがいなければできなかったなあ~」「この人に教えてもらったことを、今年は努力してここまでやってきたなあ~」とか・・・。
自分自身の成長と、人とのつながりの広がりが、この会を5年間やってきた支えでもありました。
そして28日、最後の交流会を迎えます。
この5年間、ともにこの地域で、そして様々な助言とエールを頂いたみなさんと、大田区の医療・介護従事者の新しい連携の時代への扉をこじ開けたいと思います。
第5回医療・介護従事者交流会案内資料はこちらをクリックして下さい。
銭湯でゆっくり身体を暖めたい

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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
今回は「老いじたくいろいろ」をテーマに、大田社会福祉協議会成年後見センターセンター長、荒砥 康二さん、そして、わが大田北高齢者見守りネットワーク代表 中村 一孝さんがお話ししてくださいました。
日々の生活の中で、何となくは考えているが具体的な準備をしている人が少ない、そして何をしていいかわからないというものが、「老いじたく」。
成年後見センター荒砥センター長は、日々の暮らしの安全、将来のため・・・、そして次世代のために、持ちたるものの務めとして 「老いじたく」を呼びかけていました。
また、中村さんは様々な方の後見人としての経験をもとに話してくれました。
後見人に依頼する際に必要な代理権目録をもとに、自分たちがもし後見人を希望する際、何についての権利を依頼するのか、自分に引き寄せて考えることができたのではないでしょうか・・・。
「まだまだ健康だし、自分は大丈夫だと思っていますが、いずれは老い、死を迎えることになる。後に残された者への後片付けの勤めがあることを考えさせられ、また、何をすべきかがよくわかりました」という参加された方からの感想が多くありました。
次回は、12月20日「施設の選び方」をテーマにセミナーを開催します。
大田社会福祉協議会 成年後見センターセンター長 荒砥 康二さん
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大田北高齢者見守りネットワーク代表 中村 一孝さん
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今回は、初めて二人の講師を迎えてのセミナーという試みでしたが、約50名の方が真剣に聞かれていたのが印象的です。
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代理権目録の資料をもとに進めていた中村さんの話では、皆さん資料を思い思いに真剣に見つめていました。
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友人同士、資料をもとにお互いの今後について相談を始める方もいました。
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セミナーが終了した後も、相談や質問を、見守りネットワークのメンバーにしている姿が見受けられました。
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「大田北高齢者見守りネットワークをつくる会」も、新たに協賛してくださる事業所が増え、セミナー当日も黄色いジャンパーを着た仲間たちが、取り組みをしっかり支えてくれています。
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次回「地域づくりセミナー」詳細案内は、こちらをクリックしてください
テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
参加申込者が今日現在170名

毎年この交流会の司会をだれがやるのか???というのも、紅白歌合戦の司会者を発表するNHKのディレクターのような楽しみの一つです。
今日は、いつもブログを読んでくださってる皆さんですので、特別に発表しちゃいます。
今回の男性司会は、10月16日ブログ「Kくんのその後・・・」で書かせていただいた山武ケアネット「かたくり」のKさん・・・!!
そして、女性司会者は、7月9日ブログ「絵描きナース」に登場した、わが地域包括支援センター看護師Hさんです!!
さわやかコンビのお二人です、まさしく今年の顔!
先日二人と司会の打ち合わせを行いました。話題は、一番最初に二人が行う司会者のあいさつ・・・。このあいさつが、当日の交流会の雰囲気を決定します

「ここは、堅苦しいあいさつなんかやめて、二人の思いのたけを話そうよ・・・。地域で働く専門家の方々が集まる交流会、そしてその輪の中にいる自分、今ここにいる自分、なんで自分が今ここにいるのか・・・。それは、この場に参加している人たちとの出逢いがあったからこそ・・・。だから、今、がんばっている自分がいる。その思いを自分の言葉で話そう!」
ということになりました。それぞれの事業所という小さな集団の中だけでは、もしかしたら自分たちは、ここにはいなかったかもしれない。
同じ高齢者と関わる仕事をしている地域で働く様々な人と出逢うことで、視野が広がり、励まされ、そして、高まりあってきたからこそ、「今、ここに自分がいる」これは、話していた3人の共通の思いでした。
「今、ここにいる自分」は、自分だけの力で、今、ここにいるわけではない。それを1年に1回確認しあう場が、この交流会へ参加するみなさんの思いのような気がします。
あたたかく、たのしく、そして、元気が出る! そんな交流会にしたいと思っています。大田区で働く皆さん、当日会えるのを楽しみにしています!!
都会も、めっきり秋らしくなりました。
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
話しは昨日にさかのぼります。Aさんからの電話を受けた私が名乗った瞬間にいきなり涙声・・・

「どうしたの?」と聞き返すと、やっとのことAさんは詳細を話してくれました・・・。詳細はここでは書けませんが、要は、私たち地域包括支援センターのケアマネージャに接する対応です。
そもそも、地域包括支援センターの大切な業務として位置づけられているケアマネージャーへの支援って何なんですか!!
居宅介護支援事業所の中で、一人か二人のケアマネージャーで、日々の担当している利用者へのプラン作成や対応について、「これでいいのか?よかったのか?」と自問自答しているケアマネージャーが多く存在します。
地域包括支援センターの存在がケアマネージャーにとって、どんなに大切なものか、たとえケアマネージャーを経験していない包括職員だとしても、容易に理解できるはずです。
支援とは、ケアマネージャーが作成したケアプランについて、良い、悪いを意見するようなことでは決してないはずです。
しかも、良い、悪いは言うけれども、実際に一緒に関わりはしない。「言うことだけは言って、後は「あなたが担当ケアマネージャーなのだから・・・」と、「任せる」という言葉の責任放棄。
地域包括支援センターの皆さん、ケアマネージャーが地域包括支援センターに求めているものは何なのか?主任ケアマネージャーに求められているものは何なのか?支援って何なのか?本気で考えましょう!!
「自分はそんな対応はしていない!」そういう方が当然大多数なのはわかっています。
でも、今の仕組みだと、このようなことはあり得ることなのです。ケアマネージャーの方からすれば、地域包括支援センターの職員に口答えをすれば、「仕事がもらえない」と思っている人もいるはずです。
だから、納得いかない対応をされても言えずに引き下がる・・・。このようなことがあり得るんだと言うことは十分理解した上で、対等な立場での支援に心がけるべきです。
包括職員間で、常に意識し合うべきことなんです。そうでなければ、自分たちが担当している地域のケアマネージャー集団の土壌は崩れていってしまいますよ!!
Aさんに関しては、昨日の電話では、「もしついでがあれば事務所においで・・・」と話しました。そうしたら今日来てくれました。
奥の部屋でコーヒーを飲みながら、経緯をじっくり聞かせてもらいました。Aさんからは「自分たちがやっていることを聞いてもらえるだけで気持ちがすっきりすることがあるんです」という言葉が聞かれました。
ただ、一言だけAさんにこちらから言わせてもらったことがあります。
「自分たちが、経験の有無にかかわらず、一生懸命利用者に向き合って仕事をしているという自負があるんだったら、専門職としての誇りを持ちましょうよ!経営を考えたら包括職員に言えないなんて考えない!支援って対等であるからこそ、成り立つものですよ!」と・・・。
アメ車が勢揃い!圧巻でした。
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
28歳の現役大学院生Sくん・・・。自分の研究課題として、「大田区の地域包括支援センターの課題と到達度を研究したい」とやってきた。
事務所にやってきた若者は、ジーパンにダウンベストというラフな、いかにも学生という格好で入口を入ってきました・・・。思わず私は、「久しぶり!元気だったか・・・・!」
じつはこの若者Sくんと私の初めての出会いは、Sくんが22歳の時・・・。
もう6年も前になります。某大手有料老人ホームの営業として新卒から入社し、この大田区を担当として私がケアマネージャーをやっている時にもよく事務所に来てくれていました。
若いながらも親しみやすいキャラクターで、事務所に来ると営業の話はそっちのけで、当時の大田区の施策の状況や、地域の専門職連携について話し合っていました。
今年が最後になる「大田区介護・医療従事者交流会」(今回が5回目)の記念すべき第1回にも、元気いっぱい参加してくれた記憶があります。
事務所に何度も足を運んでくれた、当時某大手有料老人ホーム営業のSくんでしたが、結局、この某有料老人ホームに私は担当の方を、誰一人入所させることはありませんでした・・・。
その後、Sくんは大田区の担当ではなくなり、風のうわさで退職したことを知りました・・・。
それからしばらくして、ひょっこり,わが地域包括支援センターに現れたSくん、「一から福祉・医療を学びなおしたいから大学院を受けてみます。また何かあったらいろいろと教えてください!」と、あいさつに来てくれました。
スーツを着て、髪の毛をピシッと決めていた営業当時よりも、肩の力が抜けた、さわやかな顔をしていた印象でした。
あれから1年、いよいよ本格的に大学院生として、自分がやりたかった学びを始める。その学びの対象としてSくんが選んでくれたのが、大田区であり、私のところだったんです。
22歳の営業戦士だったSくんが、自分の人生を考えて選択したことが「もう一度学びなおす」ということでした。勇気のいる選択だったと思います。
正直このSくんの選択を心配していました・・・、ですが、今日現れたSくんに一粒の迷いや後悔は感じられませんでした。
それどころか、学ぶ喜びに満ち溢れていて、うらやましく思うほどでした・・・。学びは人を強く、大きくさせます。
こんなSくんが訪れてきてくれたことが、もううれしくてうれしくて・・・。
若者が大好きなお菓子の定番「ポテチ (正式名 ポテトチップス)」を与えて、約2時間ほど、大都市における高齢化の現状、地域包括支援センターの問題点と今後の課題、地域包括ケア、医療・福祉の連携の在り方などなど、持っているすべてを話しまくりました。
また、私が話している時のSくんの反応のいいこと!!パワーポイントを使って説明している時も、「ちょっと待ってください!もうひとつ前の資料をもう一度見せてください!ここについてはどう考えていますか?」なんてな具合

Sくんの研究室の担当教授は、介護保険制度審議委員になっている方。「また、いい情報を聞いたら、すぐに連絡しますね」と誇らしげに言って帰っていきました・・・。
Sくんとの新しい出会いなおしができました。Sくんのこれからの未来を、心から応援していきたいと思います。
自宅そばにある、大型スーパー「コストコ」のハンバーガー。ソフトドリンク飲み放題で290円。遅番だったらSくんに買っていってあげたのになあ~。
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
私たち専門職も同じ。人と相対する仕事の専門家として、対人援助・ケアマネジメント・医学・その他基本的なものを学び、今に至っています。
しかし基本を学んできたからといって、利用者や家族が、信頼して相談できる専門職であるかというと、そうではありません。
様々な素晴らしい専門職(福祉に携わる専門職だけではない)と関わってきて思うことですが、人と接する中での感受性が、どうしても必要なのだと感じています。
ここで私が言う感受性とは、その場の空気を感じるというか、相手が今何を考えているか、自分が発している言葉を受けて何を感じているか、そして、今、何をなすべきかを瞬時にひらめくことができる力のようなものです。
基本的なものを学ぶことは、あくまで自分自身の土台。この基本の土台の上に、感受性を磨く努力がなければ、専門職としての自己を確立することはできないのではないでしょうか。
日々の蓄積が感受性をするどくさせます。基本という土台に、何も築く努力をしなければ感受性は育ちません。
人は、生きてきた環境も感じ方もちがいます。この人たちに、すべて基本だけで関わろうとしても、受け入れてはもらえないでしょうし、的確に相手を認識することはできません。
介護予防でしきりに語られている「自立支援」という言葉・・・。いま本当に語られなければいけないのは、土台の上に何も築く努力をしないで、他人には平気でこの「自立支援」を促そうとする私たち専門職なのではないでしょうか・・・。
夕日を浴びている川崎西口にあるミューザ本格的な音楽ホールがあるんですよ。
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テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
その名も 「大田けあカフェ!

この大田区で、介護情報の共有や意見交換のためのSNSを立ち上げるんです!!
「大田北高齢者見守りネットワーク」の財産でもある、高齢福祉に携わる様々な専門職の方々、地域に根差した活動を繰り広げている方々が中心となり、地域連携のための活発な意見交換がされることとでしょう・・・。
11月28日「大田区医療・介護従事者交流会」での正式な発表と、発信に向けて、つくる会メンバーでの運用に向けての試行錯誤も最終段階です。
この「大田けあカフェ」開始に向けて、中心となって関わってくださっているメンバーの皆さんには、前に進むための勇気をいつももらっています。
一つひとつ確実に、地域の中に人と人が支え合う太い横のつながりを、これからもこの皆さんと、創り上げていきたいと思います。
思い描く夢の、目的実現に向けて・・・。
※「大田けあカフェ」については、登録制のSNSとなりますので、ご興味のある方はご一報頂けますようお願い致します。

テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
当日受付等を、昨年まで地域の事業所の方々に声をかけ、実行委員会形式で関わってもらっていました。そして今年も、皆さんが当日の受付や案内を行ってくれるそうです。
そこで、職員から相談があり、「今回は事前に集まることが大変だし、毎年やってもらってわかっているから当日の打ち合わせだけでやってもらう」という職員からの相談でした。
「ちょっと待って、実行委員会形式で取り組んできた意味は?集まってただ、受付の内容の確認だ
けしていたわけではないよね・・・・」そんなやり取りを職員としていました。
こっちが大変だと気遣っているつもりが、じつは、関わってくれる人たちをただのお手伝いにしてしまい、お客さんにしていることがあるんです。
ただの受付・・・、でもこの受付という役割をするまでの話し合いや取り組みの過程が大事なんです。
なんでもそう、多くの人が自分たちの活動だと関わってもらう、お客さんをつくらないことが、強い組織や会をつくるうえでとても重要なことなんです。
自分が大変なのは苦と思わない・・・。けれど、ほかの人たちには「大変だから・・・」と、関わろうとする人たちの機会を奪ってしまう・・・。
「大変」といえば、何をするのも大変です。じゃあ、なんで自分はその「大変」なものに関わっているのか。それは、自分自身がそこに関わる価値を見出しているからです。
「大変」だから・・・と遠慮する前に、なぜ自分は大変なものに関わっているか、この大変なものに関わっている自分が見つけた価値を相手に伝える、そして、「一緒にやってみよう!」と自分の言葉で伝えてみましょう!
それでだめだったら仕方がない。それでも決して無駄だと思いません。自分が大切だと思うことを相手に伝えることが出来たんですから・・・。
話して関わってくれることになれば、自分にとっても、この関わっているものがより価値が大きいものになるはずです。
自分が大切だと思ったものが相手に伝わり、その人にとっても大切なものになるよう自分の関わりも変わってくるはずです。
そして、「大変だから・・・」という相手に対しての不必要な遠慮が、いかに相手が新しい価値を見つける機会を奪っていることかきっとわかるでしょう・・・。
考えてみれば、「大田北高齢者見守りネットワーク」もこうやって創ってきたんだなあ・・・と実感します。
「大変」かどうかは、相手に決めてもらえばいい。大変という中にじつは、大切な、人として価値のあるものがあるはずです。
最初に職員とぶつかり合いをした・・・と書きましたが、じつは、この職員はこのような私の思いを十分理解してくれています。
こうやって言えば、私がいつもどおりに引っ掛かってくるか、試してくれたのかもしれません。案の定引っ掛かり、またまた熱く職員に語ってしまいました

帰り道の川崎のチネチッタで、店を閉める前の花屋さんの前を通り過ぎました。何か夜の花屋さんがキラキラ見えて、気づいたらカバンからカメラを取り出し、「パチリ」とシャッターを押していました。
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ジャンル: 福祉・ボランティア
商店街は出店が立ち並び、午後ぐらいから事務所のまわりは祭り気分で盛り上がります・・・、というわけで、私たちの管轄の行政センターの方たちを招待し、手料理で食事会を開催しました!
普段、困難事例を共に関わってもらっているみなさんです。買ってきた屋台の食べ物よりも、せっかくだから、手料理で迎えようということになり、職員一同一致団結

私は、午後から仕込み開始!5時間かけて豚の角煮を作りました。豚バラ(2kg)ねぎ(6本)、さといも(20個)、卵(24個)、厚揚げ、豆腐、etc・・・・。
世界的スケールの豚の角煮の完成です


その他、焼きそば、お好み焼き、イカのはらわた入りホイル焼き、クリームチーズとパイナップルを混ぜたもののリッツのせ・・・ぜ~んぶ手作り。(ちゃんと仕事はしてますからね・・・

手料理の大盤振る舞いに、楽しく会話も弾みます。たまには、こういう付き合いでお互いのことを知り合うのもいいものですね。
豚の角煮。仕込んで1時間が経過したものです。
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その後4時間経過した角煮、もう~トロトロです

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イカのはらわたホイル焼き
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クリームチーズとパイナップルを混ぜたもののリッツのせ!看護師Hさんの手料理。初めて食べましたが美味でした。
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焼きそば、お好み焼きは、ホットプレートで・・・。Tさんが、目の前で焼いてくれました!
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参加した方たちのお子さんが計6人!思い思いに段ボールで絵を描いたりして楽しんでました。お母さんが働いている職場を身近に感じてもらうことも、女性が長く働き続けていくために大切なことですよね。
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ジャンル: 福祉・ボランティア
内容はそれぞれですが、共通するのは仕事に行き詰まりを感じていること。
その多くが、法人・事業所の中で、自分が考えている理想と、やっていることの現実に悩んで、「辞めたいと考えている・・・」という内容です。
自分自身は、やりたいこと、大切にしたいことを実現するために、この世界に入ってから2度転職をしました。
今、この業界では、施設にしても在宅サービスにしても転職は可能でしょう。ですがどこに行っても、実際に入ってみれば、「自分の理想とはちがう・・・」ということの一つや二つは必ずあるものです。
たとえ知り合いに誘われて転職したとしても、新天地の職員の人たちは、以前のあなたのことを誰も知りません。
どんなに前の職場で、努力したことがあったとしても、新しい職員、利用者・家族とは、また一から関係をつくらなくてはいけないんです。
その苦労は、自分も体験しているだけに、並大抵ではありません。
しかし、そこで職場の仲間や上司、利用者・家族にきちんと認められなくては、自分の思い描くやりたいことや理想など、絵空事で終わってしまうんです。
言いたいことは、辞めようが、今いる職場でがんばろうが、「自分」というものが確立していなくて、理想だけを追っていても、どこにいようが何もできないし、何も生まれないということ。
今、自分がいるその場で、自分を確立するための何か・・・、が創れなくて、どこに行こうが結果は同じだということです。
様々な資格にチャレンジし、スキルアップを考える専門職の方も最近多いと思います。それはそれ、大いに応援したいと思います。
しかし、それと同様に、今あなたがいる場にいる仲間たち、利用者・家族ときちんと向かい合い、自分自身のスキルアップを第一に考えて欲しいと思います。
そこがあって、初めて自分の理想や夢に向かっていく自分自身の土台が備わるのではないでしょうか・・・。

テーマ: 地域包括支援センターの話
ジャンル: 福祉・ボランティア
地方の医療崩壊が、この間マスコミ等で取り沙汰されています。例えば、地方にある市立病院が閉鎖に追い込まれ医療難民が出る。
それは、すぐ目の前に現れる現実として「医療が受けられない」ことに直面します。
しかし、じつは大都市東京でも医療崩壊は現実のものとなって押し寄せているのです。
懇話会で聞いた話ですが、大田区でもこの10年約3割の医療機関が閉鎖されているそうです。
世界有数の大都市東京で、相次ぐ病院の閉鎖、医師不足、ベッド不足等による救急患者の死亡など信じられない事態が起きています。
また、長期化する不況の中、本来治療が必要な身体状況にもかかわらず受診に行かず、治療費を節約し、その分を生活費に回すというようなことも、私たちが働くこの地域で日常的に起き始めています。
高齢化の進展が進むなか、医療・介護、社会保障が整備されてこそ、地域で安心して暮らしていくことにつながっていきます。
とくに医療は、地域で暮らす高齢者にとって心の支えなんです。この地球上で生命に勝るものなどありません。地域に暮らす人たちの生命を守る医療を、これ以上崩壊させてはなりません。
政治家の方々や厚生労働省には、1回きりの給付金支給のような焼け石に水の経済対策でなく、高齢者や地域に暮らす人たちが安心して暮らすとは何なのかを、本気できちんと考えていただきたい。
